クジラ少女
□かわいいマネージャーはいとしのエリー
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「行ってきます」
アパートを出て、近くを流れる川沿いの道をたどる。学校までの道のりの途中にある青い屋根の家が、伯父さん夫婦の家だ。垣根を覗くと、庭でチエさんが洗濯物を干していた。
「おはよう、チエさん」
声をかけるとチエさんが振り向き、にっこりと笑った。クリーム色のサマーセーターに、淡いピンクのスカートがよく似合う。
「おはよう、巽ちゃん」
「正吾さんは?」
「まだ寝てるわ」
「そっか」
少しホッとした。正吾さんには、まだこの事は言いたくない。きっとからかわれるに決まっている。
「これ、お願いしてもいい?」
あたしは制服のスカートのポケットから、昨日書き留めたメモを出し、チエさんに手渡した。
「これって…」
「水着とか予備のゴーグルとか…あと他にも水泳の練習道具とか、必要な物のメモ。実家に送ってもらうよう、頼んでおいてくれないかな」
チエさんは驚いた目であたしを見つめ、それからあたしの右手にあるスイミングバッグへ視線を移し――ようやく顔を上げて、もちろん!と頷いた。
「気を付けて行ってらっしゃい。部員の皆さんによろしくね」
「ありがとう。行ってきます!」
チエさんに送り出され、あたしは学校への道を急いだ。
*****
学校に着くと、あたしは教室ではなく職員室へ向かった。もちろん、入部届の用紙をもらうためだ。
ドアを開けようと手を伸ばした刹那、ドアが独りでに開いた。
「うわっ」
「わあ!」
思わず声を発する。目の前には緑色のネクタイの結び目が。あたしの身長で相手の胸しか見えないとは、随分とでかいな…と思いながら視線を上げると、同時に聞き覚えのある声があたしの名を呼んだ。
「あれ?巽ちゃん」
そこには、水泳部部長の橘真琴さんが立っていた。
「橘部長…!す、すいません!」
慌ててその場から飛び退く。橘部長は気にしないで――と言いながら、後ろ手にドアを閉めた。通行人の邪魔にならないよう、廊下の隅に避けてから、あたしに視線を戻す。
「おはよう。昨日はどうも」
「おはようございます。こちらこそ、昨日はありがとうございました」
「職員室に用事?」
「はい。入部届をもらいに」
「え?」