ブルーホール

□三十六
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『ぎぃいいい!!!痒い〜〜〜!!!』
「掻くな触るな喚くな!!」


赤髪海賊団の船は騒がしい。
これはいつもの事なのだが、
子供が回復した途端さらに増した。


「今度は何事だ」
「副船長か…」
『ぎゃああ!!お顔コワーイ!』
「ギャッハッハ!!そりゃ間違いねぇ!!」
「お前ら…」


子供はやはり性病を患っているらしく
1日に何度も身体を掻き毟る。
その度に船医が薬を塗り直すのだが、この通り休む暇がない。


「ほら女の子が股間掻き毟るんじゃねぇの!」
『ぶべぁ〜』
「なんだそりゃ」


未成熟だからか、外傷の治りが割と早い。
けれど縫い痕や打撲の内出血は白い肌にはとても目立っている。
ベックマンもそれを見て何かを思ったのだろう、少しだけ固まっていた。

けど外傷の割に内傷のが酷いと見込んでいたのだが、それは見当違いに近い。ふざけて戯ける余裕もあれば食欲もあり、睡眠中に騒ぎ出したりもしない。
ハッキリ言って気味悪い患者だが、結構それが楽だなと船医は感じる。

子供の身体に塗り薬を塗っていくと、蕁麻疹や斑点、肌の赤みは治まるが
数時間後にはまたこの光景を目にするのだと思うと、面倒な反面、ちょっと楽しい。


「しかし、凄い目の色だな」
「だろ?宝石みたいだ」
「お頭が見たらなんと言うか」
「褒めちぎるだろうな。ガキだろうと女の扱いは上手いから」


世の中には色んな人間がいる。様々な種族が存在し異質な髪色や肌や瞳を持つ人間に会った事があるが、
七色の瞳は希少中の希少。


『ベリー・ベルの名前が知りたいの?』
「名前はベリー・ベルっつーのか。」


お転婆でアホな子供だが、
落ち着いた頃を見計らって船医が子供に事情聴取を行ったらしい。








『……』

夕焼けの空を眺めてる。
病室にはベリー・ベル1人だけ。
さっき医者のオジサンがベリー・ベルに
沢山の事を聞いてきた。

名前とか、怪我をしてた理由とか
色んなこと。



「…ティーチって、白ひげん所に居る奴の事か?」
『うん。オジサン、ティーチの事知ってるの?』


此処に来てから本当に全てがどうでも良くなった。
だから、ベリー・ベルは全部話した。




“あの後”、マルコ隊長とちょっと電話して
すぐにベリー・ベルは決心がついた。

帰りたいという気持ちや、また家族に会いたいという思いも全部捨てた。
そしたら何故か心が楽になった。

部屋の隅に落ちてた釘を数本拾い、
帰ってきたティーチ目掛けて、残りの力を振り絞って走った。
まさかベリー・ベルが迫ってくるなんて思ってなかったらしくて驚いてた。
釘を1本、ティーチの頬に刺した。
目を狙ったつもりだったけど外した。


「…!!…んの野郎…ッ!」


ベリー・ベルを縛ってた鎖をティーチの首に巻き付け、肩にしがみつきながらぎゅっと力を込めて締める。
…が、酷く体がだるく思うように動かない。
けど、すぐ下に目をやればティーチの腰巻の中の銃を発見し夢中で奪う。


「なっ、クソガキぃ…!!」
『ばいばいだね、ティーチ』


3発、4発、…いやもっと沢山ティーチに撃ち込んだ。
とても痛がって悲鳴をあげてた。
その光景を見た瞬間、身体がフワリと軽くなった。同時に親父達が笑ってる姿が目に浮かんだ。

何だかとても…
嬉しいな、って思った。


こんな世界からサヨナラ出来るんだ。
神様はきっと居ない。
居たとしたらとても意地悪で恐ろしい奴だ。
神様はベリー・ベルが嫌いなの。
何度も怨み、幸福者を妬む自分も嫌いだった。

親父って呼ばれてる大きくて怖い船長が今日からお前は仲間だ、って言ってくれた時本当に嬉しかった。
やっと認められた、って思った。
でもそれまでベリー・ベルをいじめた奴等の事もあったけど、ケーシーに迷惑かけたくないから
ベリー・ベルはいつも通り、ケーシー達に接するのと変わらない感じでみんなに話しかけた。
だって、怖かったんだもの。


ベリー・ベルが、パパとママにしてもらいたかったように…皆に優しく、正直に仲良くした。
人に優しくすると、自分に返ってくるって
ずっとずっと前に絵本で読んだもん。
そしたら皆が優しくしてくれた。
アリア達も可愛がってくれた。
嬉しかった…



「このガキ…もう殺してやる」


いいよ…
殺していいよ。
ベリー・ベルは幸せだったから。

その後ティーチに幾度となく切り付けられ、撃たれ、顔を踏みつけられた。
もう痛みは感じなかった。
流れ出る温かい血を触ると、いつもアリアが抱き締めてくれたあの暖かさを思い出した。
…同時に、ちょっとだけ
ママの本当の温もりも感じた。


「船長!!やべーよ!」
「…あぁ!?」
「って撃たれたのかよ!?」
「このクソガキにやられた…。今やり返してる所だ」
「それ所じゃねぇ!“赤髪”の船がこっちに向かってる!!」
「あ…赤髪だと!?何故此処に…ッ」
「もうガキも死んだろ。とっとと逃げようぜ!」


二人の声が遠くなってゆく。
ベリー・ベルの意識が薄れるのと、二人が部屋の外へ逃げるのと重なった。


「…しばらく身を隠す。」
「悪魔の実は?」
「勿論探すさ」


ゆっくりと目を閉じた。






『……』


ティーチを殺せなかったのかもしれない。
そんなことを考えながら夕日が沈むのをじっと見つめた。
あのサングラスはもうどこにもない。
それ所か、ベリー・ベルを覆い隠すモノは何も無い。

裸眼で見つめた夕日がこんなにも眩しかったなんて、…改めて実感してる。
そういえば、エース兄とも見たっけ。

何だか本当に何もかもがどうでもいい。
どこで誰に昔の事を問われようが
知らない男の人に“声を掛けられても”、
今のベリー・ベルは、
何も気にならなくなっていた。


「…よう、ベリー・ベル」
『……』
「あれ?寝てんのか?」
『…ん!寝てないよ〜。あれ?おじさん誰?』
「俺はこの船の船長、シャンクスだ」


差し伸べられた大きな手を握り返す。
ふとおじさんを見上げてみる。
夕日のせいなのかわからないけど
おじさんの髪の毛はとっても真っ赤だった。
出窓に突っ伏してたベリー・ベルは、
綺麗な彼の髪をじーっと見た。



「ちょっと話がしたいんだが、今いいか?」
『えぇ〜何の話〜?』
「ここ座っても?」
『どーぞぉ』


シャンクスさんはベリー・ベルの隣に座った。
お顔に傷あるし、…あれ、この人


『…腕が、』
「あぁ、コレか?昔ちょいとな」
『痛くないの…?』
「今は何とも」
『そっかあ』


ひょっとして海賊なのかな。
そう思ったけど不思議と怖くは無かった。
物腰が柔らかいのと、
丁寧に治療してくれたというのもあるから、
沢山の知らない男の人に囲まれても
全く嫌悪感が無かった。


「船医を通して話は全部聞いたよ」
『あー』
「辛い思いをしたな。よく耐えた」
『ベリー・ベル強い子なのだ!』
「まさか白ひげのとこの子供だとは思わなかったよ。お前を白ひげの所まで責任を持って送ってやる」
『…え、』


胸がドキリ、と跳ね上がる。
嬉しさとはまた違うもの。


『……』
「…嫌なのか?」
『…んーん。今ね、ベリー・ベルそれで悩んでるの』
「?」


シャンクスさんは不思議そうに
ベリー・ベルの顔を覗き込む。
ベリー・ベルが見つめた先には、
完全に海に吸い込まれていく太陽と、
その瞬間に訪れる暗闇と、星の輝き。


『…ベリー・ベルは、実質親父達を裏切ったからさぁ。いくらベリー・ベルが悪くなくっても、心配とか…迷惑とか、かけちゃったからね』
「…」
『……あ〜〜〜〜…ケーシー怒ってるんだろうなぁ…』
「つまりお前は、帰りたくないのか?」
『そうじゃないよ。そうじゃない…。それにベリー・ベルは、あの時死ぬつもりだったの。マルコ隊長にもさよなら伝えたし。』
「……」
『今のベリー・ベルに………戻る場所は無いんだよ』
「?」
『これからどこに行けばいいのかなぁー。おじさん、教えてよー』


今のベリー・ベルの胸を埋める、
この気持ち。全てに
どうでもいいと感じるこの正体は

終わりのない
底無しの虚無感。

今のベリー・ベルはカラッポなのだ。
…何も無い、
何も持っていない…


『……』


大きな瞳からまた幾粒も溢れ出ては零れ落ちる涙が、頬を汚していく。
ベリー・ベルの瞳は何も写していない。
何も見ていない。
見えない。分からない。出られない。






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