空蝉

□三
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次の日。
辺りを照らす日が昇り、船の中も活気付く。掃除する者、皿を洗う者、料理の仕込みをする者、洗濯をする者、帆を洗う者、船の修理…エトセトラ、etc…

そして此処、尋問室にて仕事をする者もいた。






「寝れたか、昨日は」
『…』
「飯も食ったのか」
『…』
「そろそろ話せ。おれ達を見くびるのも大概にしとけよ」


凶悪な面構えで目の前に座り、昨日の様に子供相手に“お仕事”をする。しかし、スモーカーがどれだけ語りかけても子供は口を開かず、無言でマーカーを手に画用紙へと滑らせる。

痺れを切らしてキツく言ってしまった。

…これじゃまたダメ出しされるな。
スモーカーはまた、同じ様に溜息を吐き葉巻の灰を灰皿の上に落とす。
横にいるたしぎが口パクで(頑張って下さい)と言っているのが分かる。
うるせえ、頑張ってやってもこれだ。おれはガキにゃ好かれねぇんだ。

今日もダメか…そう思った矢先の事だった。





『齢は知らんぞ。あとハッキリ言ってあのベッドの寝心地は最悪だ。』

唐突な返答に、スモーカーは手から葉巻を落としてしまった。
何を聞いても何を言っても無反応だった小娘が、突然返事をくれたのだから。その様子にはたしぎも嬉しそうにしていた。


『だが飯はうまかった。』
「…は、ちゃんと喋れるじゃねぇか」
『何だ?口がきけないガキだとでも思ったか?』
「なら何故口を開かなかった?」
『“話せ”と言われなかったからのぅ』
「命令すりゃァ何でもするのか?お前は」
『弱者とはそういうものさ』


ガキのくせして、難しい言葉をスラスラと並べて話す様子に、スモーカーは豆鉄砲でも食らったような顔をした。
だがそれでもスモーカーの目など見ず、目の前の画用紙に夢中でマーカーを滑らせ続けていた。

「お前は捨て子か?歳と名前を知らねぇってのも、」
「ちょ、スモーカーさんストレート過ぎます…!」

マーカーを置き、別の色のマーカーのキャップをあけ同じ様に画用紙に書き続ける。

『私は捨て子じゃないぞ。だが歳は知らん。記憶してないからな。』
「…?」
『それとな、名は無いが“呼び名”なら沢山あるぞ。』

その言葉に、たしぎが少し黙って俯いた。

『“おい”、“小娘”、“ガキ”、“K”、“赤毛”、とかな。好きに呼べ。』
「…まともな呼ばれ方してねぇじゃねぇか。Kってなんだ」
『“K”はコードネームだ。訳ありだから教えない。』
「コードネームだと?!……やっぱり組織の手のモンか。」
『昔の話だ。』

突然、ぺらぺらと話し出すその豹変ぶりにスモーカーは付いて行けてなかった。完全に、子供のペースに乗せられている。

『だが、小麦屋のじじいが付けた名は好きだった』
「ほう、どんな名だ?」

自分で切ったのか、誰かに適当に切られたのか分からない、疎らに揃えられた子供の、ワインカラーの髪が揺れた。
相当ませているのか、この幼さにしてこの冷静ぶりと大人びた言動に、不思議なくらいこの状況を理解している様子が、初めはとても不気味に感じていたが、
小さく、モチモチな手が握るマーカーと画用紙を見ていると、そんな気持ちなど無くなっていた。




『“コゼット”』






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