風、吹けば恋 特別編

□世界はキセキとハッピーでできているD
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『好きとかそういう気持ちは伝えてくれないのに』

一瞬、記憶が戻って本音をぶつけられたのかと思った。

きっと、ずっと前からあいつが心の奥底に抱えてきた思いなんだろう。

いつもオレはお前を不安にさせてしまう。
オレの言葉が足りないせいで。

わかっているのに、どうして同じようなことを繰り返してしまうんだ。

こんな肝心な時でさえ。

『お前は、オレのもんだ』

オレの口から出てきたのは、そんな陳腐な言葉で。



「笠松!」

ロビーで呼び止められて振り返ると、そこには火神がいた。
風呂上がりの体をろくにふかずに急いで来たのか、髪からは雫が滴りシャツは濡れて体に張り付いている。

だが、そんなことに構うことなく、火神はオレに向かって言った。

「あいつのこと放っておいていいのかよ!」
「……」
「記憶喪失だかなんだかしんねーけど、そんな状態のあいつを放っておくつもりなのかよ!」

ロビーに火神のでかい声が響いて、他の宿泊客がオレたちに視線を向ける。

だから、オレはたしなめるつもりでヤツに言った。

「うるせーよ。だいたいお前は関係ねぇだろ。何そんなカッカしてんだ」
「関係なくねぇよ!」

だが火神はますます声を荒げて言った。

「オレが大晦日にどんな気持ちであいつをアンタの元へ送り出したか…そりゃあアンタは知らねぇだろけどな。でも、アンタがあいつを見捨てるってんなら、オレだってこれ以上黙ってらんねぇ」
「大晦日…?」

そう言われた直後は、何のことなのかわからなかったが。

(…そうだった)

すぐに思い出した。
大晦日の夜、愛生は火神のウチに誠凛の連中といたんだっけ。

(そうか、その時からこいつは…)

「火神、お前…」
「あ?」
「愛生のことが好きなんだな」
「ん…え、えぇっ!?」

黙ってられねぇと言った割に、図星をつかれて火神は顔を赤くして慌てふためく。

「まさかオメー、愛生が記憶を無くした今がチャンスだなんて考えてんじゃねぇだろうな? んなこと考えてんだったらシバくぞ」
「そ、そんなセコいこと考えてねぇよ! オレはただアンタがあいつを…」
「オレはあいつを見捨てる気はねぇよ」
「じゃあ、なんで…!」
「…今のオレは、あいつに何しでかすかわからねぇ」
「……」

近くにいれば、触れたいと思ってしまう。
だめだとわかっていても。

「お前だって、愛生を好きならわかるだろ」
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