ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン・・・。
ふと、外を見てみれば窓越しの景色がゆっくりと流れていく。それは今まででもモノレールからよく見てきた景色。只、乗っているのは電車で、見えるのは建物ではなく木々が立ち並んでいる点が違うが。
「あれから二年、か・・・」
ぼそりと独り言を呟く。
あの日々はとても楽しくて、それ以上に・・・苦しかった。
こんな小さな僕でも仲間として接してくれたし、頼りにしてくれた。あの日々に戻りたい。いや、あの結末を変えてやりたい。でも、もし戻れたとしても絶対にその運命を変えることは出来ないだろう。
「鈴りん・・・」
僕の恋人。そして二度と会えない別の次元に行ってしまった人。
あの日彼女は僕たちを、世界を救うために封印を施した。彼女が封印をしなかったら僕はここにはいなかっただろう。それでも良かった。でも彼女は許しはしないだろう。
「・・・分かってる。この命は三人もの人が守った命だから。そう簡単には散らせはしない。何より、貴方が救ってくれた命だから」
『稲羽ー、稲羽ー。間もなく稲羽に到着いたします。お降りの際は忘れ物にご注意ください』
「・・・もう稲羽か。記憶に浸っていると、時間の流れは速いな」
だんだんと電車は減速し、やがて甲高い音と共に止まる。
僕以外の人は下りる様子もなく、ホームには僕以外の人はいなかった。
「何で転校しなければいけなかったんだ・・・。月光館学園は確かにつらい記憶がたくさんある場所だけど、何より鈴との思い出が詰まっている場所なのに・・・」
でも僕の意志では何一つ選べない。仕送りをしてくれていた親戚の決定だから。そんな親戚でも迎えに来るぐらいはしてくれるみたいだけど。
駅を出て近くのベンチに座ってその親戚のことを待つが、いつまでたってもやってこない。痺れを切らして、電話しようと鞄を漁っていると、
「君が天田乾、でいいのかい?」
見知らぬおじさんに声をかけられた。警戒心を露わにすると、
「ああ、いやすまんな。俺は堂島遼太郎。君の親戚から迎えに行ってほしいと頼まれたもんでな。丁度俺のほうも用事があったから引き受けたんだ。ほら、菜々子も挨拶しろ」
怪しいおじさん、じゃなくて堂島さんの陰に隠れて見えなかった小さな少女が、恥ずかしそうに頭だけを覗かせる。
「堂島菜々子です・・・」
それだけ言うとまた顔を隠してしまった。
「ははは、すまんな。こいつは人見知りなもんでな、許してやってくれ」
「天田乾あまだけん、中一の12歳。宜しく、奈々子さん」
また顔をひょっこりと覗かせて、か細い声で
「よ、宜しく・・・」
なんだかその様子を見ていると笑みが零れてきた。
「別にそんなに固くならなくてもいいぞ。なんなら“ちゃん”ずけで呼んでやってくれ。そろそろあいつも来るはずなんだがな・・・。ああ出てきた」
堂島さんの目線の方向にある駅に顔を向けると灰色の髪の青年が出てきた。
「ッ!!」
「どうしたんだ、天田?」
「い、いえ大丈夫です。知り合いに似ていたもので・・・」
あの人は性別が違えど、その雰囲気は酷似していた。僕たちのリーダー、橘 鈴たちばな りんに。その存在感が僕の記憶を呼び覚まそうとする。今は記憶に浸る場合ではないので、グッと堪えもう一度その青年のほうを見る。
「鳴上悠です。よろしくお願いします」
雰囲気は確かに同じだ。でも、それ以外は何もかも違う。一瞬、彼女はニュクスの呪縛から解き放たれ、この人の中にでも入ったと思ったが、その可能性は低い。でも、もしそうなら、僕を見守ってくれる為なのだろうか。でも男というのはいただけないが。いや、女だとしても僕の恋人は鈴只一人だけであって、そういう関係には・・・。いやいや、何考えているんだ僕は。
没頭していた思考から抜け出すと、丁度お互いの自己紹介が終わったようで、僕の番が来た。
「今、叔父さんから話は聞きました。鳴上悠です。宜しく」
「天田乾です。こちらこそ宜しくお願いします」
「よし、自己紹介が済んだようだな。車に乗れ、帰るぞ」
ここでまだ立ち話をする理由はなかったので、さっさと車に乗り込む。
しばらく走っていると、菜々子さ・・・じゃなくて菜奈々子ちゃんがそわそわしだして、
「お、お父さんトイレ・・・」
「ん、そうか。ガソリンスタンドにでも貸してもらうか」
丁度ガソリンの残量も足りなくなっていたようで、近くのガソリンスタンドに入る。
「菜々子、着いたぞ」
制服を着た青年の店員が気づいたようで、
「あ、堂島さんこんにちは」
「ああ、菜々子にトイレの場所を教えてやってくれ。あとレギュラー満タンで頼む」
「はい。菜々子ちゃんあっち行って右・・・右ってわかる?お箸持つ方ね」
「それくらい分かるもん!」
「菜々子、俺も付き添ってやる」
しめされた方向にすたすたと走り去っていく菜々子を追って、堂島さんも早足で着いて行った。
「ありゃりゃ、これは嫌われちゃったかな。今他の人がガソリン入れてますんで。あ、そこの君。見かけない子だね、新しくこの町に来たのかな?この町って何もないでしょ。良かったら、ここでバイトしない?」
「今はいいです。いつかお金に困ったらくるかもしれないですけど」
「そっかー。残念だな。じゃあ、握手だけでも」
店員は手を鳴上さんに差し出す。
「まあ、それくらいは」
鳴上さんも手を伸ばしてそれに応える。
「ん?君も握手したい?君も高校生になったらここで働いてほしいな。これは予約の握手」
僕がその様子を見ていたからか、なぜか握手したいように思われたようで、僕の方にもその手を伸ばす。
「僕はバイトするかもわかりませんよ?」
等といいながらもその手を受け取る。
「「ッ!?」」
握手をしている手から何かが流れ込んできて、咄嗟に飛び退く。
「これは・・・。まさかこんな小さな子に・・・しかもこんなに熟練した力を・・・。・・・君はとても、とても不思議な子だね。ここまでの力を持っている子は初めてだな。こんなイレギュラーが混じっているとは・・・」
「お前は一体何だ!もしかして死の宣告者か!?」
「?なんだい、死の宣告者って。そんな恐ろしそうなものじゃないよ。ほらほら!僕はガソスタの店員、君はお客!・・・の付き添ってる人。それだけの話。君が真実を求めるのならば、僕のこともいずれ分かるさ」
「・・・今は鳴上さんたちがいますから、追及はしません。できる限り関わりたくもありませんので、僕たちには近づかないで下さい」
「おー怖い怖い。大丈夫、ガソスタの店員としての仕事はちゃんと全うするからさ。特に気にしなくてもいいよ。逆に詰め寄られたって答える気はないから」
「そうですか。ならいいです。鳴上さん、長話してしまって・・・ってどうしたんですか!?」
「ぐうぅ・・・ぁぁ」
「鳴上さん!?如何したんですか!?」
「僕しーらない。ガソリン入れたし堂島さん来たから僕は行くね。堂島さーん!代金ー!」
「待て!・・・行っちゃったか。今は鳴上さんだ。大丈夫ですか?」
「あ、ああ。少し頭痛がしてな。ありがとう天田君」
「年下だから天田でいいです。いったん車に乗って休んだらどうですか」
「そうさせて貰う。あとだったら俺も呼び捨てでいいぞ」
「そういうわけには行かないので・・・じゃあ悠さんで」
悠さんを車に乗せた後、に会計が終わった堂島さんと菜々子ちゃんが戻ってきた。
「おい、悠!大丈夫か。今日は色々とあったから疲れたんだな。買い物に行く予定だったがすぐ帰るか」
「すいません、叔父さん・・・」
「気にするな、ほら天田も乗れ」
「あ、ハイ」
「ここからは直ぐだからな。ああ、そうだ天田。お前の親戚だがな、近く長期出張に行くから家に誰かいて欲しくてお前を呼んだんだが、なんか急に出発しなくちゃ行けないらしくてな。今日朝早く発ったらしい。慌しく出て行ってな、俺に『様子だけでも見てほしい』って頼まれたよ。だからどうだ?これからは夕飯だけでも俺の家で食べないか?いやなら別にいいんだが」
えっと、つまり出張で親戚は家にいなくて、頼まれたから夕飯は一緒に食べようと。
「え、いいんですか?せっかくの家族団欒、僕なんか邪魔でしかありませんよ。しかも食費とか掛かりますし」
「ああ、全然大丈夫だ。菜々子も兄が二人も出来て嬉しいだろうしな。あと、迷惑とか考えるなよ?俺も仕事で遅くなったり、帰れないときにあいつが菜々子の面倒を見てくれたからな、貸しを返せるときが来たってことだ」
「そういうことなら・・・お邪魔させてもらいます」
「だそうだ。よかったな菜々子、兄ちゃんが二人もできたぞ。いい感じに年も違うしいいんじゃないか?」
「うん!お兄ちゃんができたー!やったー!」
「宜しく菜々子ちゃん。悠さんは寝てるから代わりに僕から宜しく」
「ははは、賑やかになったな。と、そんなこと言っているうちに着いたぞ」
減速した車は一軒の家の前に着いた。その家はぼろくもなければ真新しくもない普通の二階建ての家。止まったのを確認して、隣で寝息を立てている悠さんの肩に手をかけて揺する。
「悠さん悠さん、着きましたよ。起きてください」
「うう・・・」
「おにーちゃん!おうちに着いたから起きてー」
「菜、々子ちゃん?それに天田・・・」
「家に着きました。起きないと置いていっちゃいますよ」
「それは困るな。ほら降りるから」
「起きたか、悠。今日は早めに休め。天田の家は俺の家の丁度真向かいにあるから、いつでも来れるぞ。鍵と手紙をを預かっているから荷物置いて俺の家にさっさと来い」
「あ、有難うございます。手紙読んでから行くんで少し遅くなりますけど」
「早めに来いよ。俺は料理ができないからいつも弁当だがな」
「?お母さんは作ってくれないのですか?なんなら僕が作りますけど」
「母さん、か・・・。いや、居ない。料理は作ってくれると助かる。菜々子の健康が最近心配だったんだ」
母親の話になると途端に表情が暗くなった。あの表情を僕は知っている。あれは最愛を失った人の顔だ。そして、助けられなかった自分を攻めている顔だ。何よりも少し前の僕の表情と同じだ。
「・・・僕は何も知りませんが、これだけは言えます。自分を余り責めないでやってください。すいません、出しゃばりすぎましたね」
堂島さんは一瞬驚いた顔をしたが僕の過去、母親を殺されたことを知っていたのか、苦笑し、
「そうか、お前もそうだったな。中学生の小僧に慰められるとは、俺も舐められたもんだ。さっさと来いよ、じゃないと全部くっちまいまうぞ」
「む、それは困ります。では後で」
そういって踵を返し、貰った鍵を使って家に入った。電気をつければ少しぼろい、でも生活感の溢れるきれいな家だった。手近な椅子に腰かけ、手紙を読み進める。
内容を要約すると、家の中にあるものは好きに使ってよし。但し、書斎にあるものには触らないこと。お金は専用通帳を天田に預けるので好きに使ってよい。無駄遣いはしないこと。
等と色々と書いてあったが、僕は子供みたいにバカなことはしない。一通り読んだので、荷物はそのまま置いて堂島家に向かう。
僕がすぐ来るとでも思ったのか、鍵は掛かっておらずすぐに中に入れた。一応インターホンは鳴らしたが。居間に行くと一つの机を囲んでみんなが座っていた。机の上に並べられているのは少し豪華なお弁当。
「おお、やっと来たか。お前が来るのを待ってたんだぞ。お前らが来たからいつもより豪華なお弁当にしてみた」
「わーい!ありがとお父さん!食べていい?」
「いいぞ、でもいただきますを言ってからな。ほら、お前たちも食え。これからは一緒に暮らしてくんだからな。勿論お前もだ、天田」
「「頂きます」」
菜々子ちゃんと悠さんが同時に合掌する。でも僕は堂島さんをじっと見つめ、さっきの言葉の意味を考える。
「何で僕も何ですか?いくら借りがあるとはいえ、ここまでする必要はないはずです。どうして、僕をそんなにも気に掛けてくれるんですか?」
「それが最近中学生になったような奴が言う台詞かぁ?子供はそこまで深く考えなくていいんだ。大人を少しは頼れ。俺がそうしたいからそうする。ただそれだけの事だ。それに菜々子が喜ぶしな」
「そうですか・・・。ならお言葉に甘えて」
大人を少しは信じろ、か・・・。一体何時から信じれなくなったのだろうか。いつもいつも裏切られて、見くびられないように背伸びして。一瞬堂島さんが新垣先輩に重なって見えた。なんか死んでいる人たちに似ている人が多いな。まるで・・・。
「かたぐるしい話はもう終いだ!飯を食おうじゃねぇか」
料理できない点が決定的に違うけども。
「「頂きます」」
少し遅れて食べ始めた俺たちは急いで掻き込み、食べ終わった後は楽しく談笑した。
随分と長い間忘れていた、寮生活とはまた違った家族の温かさが、ここにはあった。