月のない夜は傍に居て

□3.愛より速く
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あの場面で何事も無いよう振る舞うのも可能だった。


自室のベッドに寝そべり、名無しさんはため息を一つ吐く。


それをしなかったのはもちろん作戦の一つだったからではあるが、少し感情的になったせいで余計な攻撃をかけてしまったことは本人が一番強く自覚していた。


―――――さて、イルミのご機嫌でも取りに行こうか。



名無しさんは起き上がり、イルミの部屋のドアを開けた。


「ノックくらいしなよ」


シャワーを浴びていたのだろう、均整の取れた裸体を晒すイルミがこちらを向く。


「悪い…出直すよ」


「待って」


一瞬でドアノブに手をかけなおす名無しさんの背後に近づき、彼女の掌にイルミは掌を重ねた。


短い髪から滴る滴が名無しさんの首筋に当たり、鎖骨を伝う。


「服を着るならここに残る」


名無しさんは視線を重なる掌に向けて言う。


「うん、いいよ」


触れた掌が離れ、イルミはバスローブを羽織った。


名無しさんはその様子を目の端に捉えつつ、イルミのバスローブが置いてあったベッドに腰掛けた。


「イルミは小さい弟が三人もいるんだな」


「あぁ…ここんとこ毎年生まれてたからね」


イルミが呆れたように呟く。十歳以上違う弟が何人もいるというのは思春期の彼にとって複雑なのかもしれない。


「可愛いな」


「きっと遊んでやれば喜ぶんじゃない?」


「いいな、それ…イルミも一緒に遊ぼう」


「俺はそういうのしないから」


「頼むよ…可愛いとは思うけど、扱いがわからないんだ…一緒にさ、いいだろ?」


名無しさんは上目づかいにイルミの瞳を見つめた。


凛々しくすら見える眉を今は少しハの字に下げている。


「……わかった。いいよ」


イルミの頷きにほっとした笑みを浮かべる名無しさん。


この少女に興味を持って良いんだとわかった瞬間から、イルミは積極的だった。もちろん名無しさんの目的を考えればそれは願っても無いことだ。


名無しさんの隣に腰掛けるイルミ。二人の距離はかなり近く、なのに彼女の腰を抱き寄せて更に密着するよう引き寄せる。


名無しさんはされるがままにイルミの纏うパイル地のバスローブに頬を寄せた。


「ここに来るまでは私を殺そうとしてたくせに」


「名無しさんに興味を持っていいって許可を貰ったから…好きなようにしてるだけ」


イルミの唇が名無しさんの髪に触れる。その唇が離れる時の吐息の熱さを地肌で感じた。


「イルミは私が好きなのか?」


「うん、多分一目惚れだね」


何のためらいも無く告げる声に、名無しさんは自分の計画があまりに簡単過ぎることに眩暈を覚えた。


惚れさせてやろう、そう思った。


何て事は無い。もう相手は自分に落ちている。


「……そうか」


「名無しさんは?」


「私は…申し訳ないけど惚れては無いよ…イルミは綺麗だし好きと言われて悪い気はしないけどな」


「ふーん…だからキス嫌がったんだ」


「…まあ…そうだ」


「今も、嫌?」


「……少し、なら」


イルミから視線を逸らして言えば、彼の手がそっと頬に触れ、すぐに唇が頬に触れた。


唇にキスをしないのかと僅かに顔を上げると、何度か頬に口付けられて唇の端が触れ合い、それを皮切りにしっかりとお互いのそれは触れ合った。


舌でも入れられるかと思ったけれどそれは無く、ただ唇を挟まれ、柔らかく弄ばれた。


解放された時には自分の中の女が少し疼いた気がした名無しさんだったが、現在の体は十三歳。まさか、とその感覚は打ち消した。


「名無しさんはどうしたら俺を好きになる?」


「人を好きになったことがないからわからない」


理由も含めて簡潔に述べられれば、イルミも返答の仕様が無い。


少し前であれば彼女の気持ちをこの世で一番理解出来たのはイルミであったかもしれないが。


名無しさんからすれば、本心はどうあれその内イルミと両想いという形をとるつもりではあったが、彼の想いに靡いた結果であるというプロセスが彼女の作戦の中では必須であった為、今は好きになれるかすらわからないという所に自分の心を位置付けた。


それを懐柔するイルミに対して、懐柔された振りを徐々にすれば良い。


「ふーん…まあいいや、一緒にいればその内好きになるよね」


「え…と…どうかな、わからないけど、その可能性も十分あるんじゃないかな?」


意外に短絡的なイルミの発言に、何とも言えない表情で応える名無しさんであった。




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