haruka


□秘め事
1ページ/1ページ

秘め事



 月が浮き雲に姿を隠した。
 訪れたのは闇。
「―――」
 開こうとした私の唇に、その人はそっと一本指を添えた。
 見上げると、ぼんやりと浮かぶ赤い瞳だけが、「静かに」と言っていた。
 愛しい気持ちがあふれ出す。
 その人の、静かで、情熱的な瞳から目がそらせなかった。
 唇に添えられた指が動く。
 ゆっくりと唇をなぞられて、私は体を振るわせた。
 体の心を貫く甘い痺れ。
 いけない。
 これは禁忌だ。
 これ以上、触れ合ってはいけない。
 ぎゅっと目を閉じて、ふるふると首を振った。
「・・・・・・」
 その人は一瞬の後、優雅な動作で身を引いた。
 私と、その人の間に、緩やかな風が流れる。
 ぬくもりが去って、今度は寒さに震えた。
 闇にも目が慣れ、一歩遠のいたその人を見る。
 愁いを帯びたその表情は見慣れたもの。
 その人が、いつも私を見るときの表情だ。
 ゆっくりと、その人の腕が動く。
 さっきまで、私の唇をなぞっていた指。
 その指で今度は自分の唇をなぞった。
 あふれ出す激情を押さえ込むみたいに、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。
 とけてしまうほどに。

 ああ・・・。
 恋しい。
 愛しい。

 寂しい。

「っ駄目です」
 近づいてくる唇から、言葉だけで逃げる。
 心は裏腹だと、動かない体が物語っていた。
 その人は、私の心の内の葛藤など知らず、いや、きっと分かっていて、それでも私の頬に手を添えた。
「大丈夫。誰も・・・見てないよ・・・」
 その人はそんなことを言ったのに・・・
「兄上・・・」
 雲が晴れ、月が姿を現せば・・・
 私たちの秘め事は、光に曝け出されてしまった・・・。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ