大家Cの書庫

□気がつけば埋まっていた、喪失したはずの自分
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某日、都内マンションの7階。




約束通りの時間にやって来た美大生の彼。名前はカイルというらしい。




クリスマスの出来事を経て絵のモデルをすることになったオレは、定期的にこうしてカイルを家に招いていた。




単に自分が仕事の無い日は出不精に近い暮らしをしているので、面倒を削減する為に出向いてもらっている。




でもまぁ、それくらいのワガママは許されるでしょ。




最初は大反対された。汚れるだの、部屋が散らかるだの。最終的には折れてくれたが。




つまるところ、彼はそこそこ心配性なのだと思う。




「コーヒー飲みますか?」


「…あー、淹れて」




画材道具一式をソファー付近のフローリングに下ろしたカイルは、そのままキッチンへ向かう。そしてオレと自分にコーヒーを淹れるというのも、既に数回の作業を経て習慣と化していた。




云えば彼は何でもやってくれるので使い勝手が良い。オレがモデルを無償でやっているから、それに対しての見返りのつもりなのだろう。




ならばそれは甘んじて受け入れてもなんら咎められる筋合いはない。




カーペットの上をゴロゴロしていれば、段々と眠くなってくる。窓から差し込む光がフローリングに反射して、更に暖かさを増しているみたいだ。




久々の1日オフに、だらだらしない手はないだろう。




基本的に絵のモデルといってもオレは自由にしていていいので、常に自然体だ。




てっきり仕事みたくポージングしなければならないと思っていたから最初は驚いたけど、彼がそう云うのなら問題ないのだろう。




絵についての知識は持ち合わせていないので、口出しなど言語道断だろうしするつもりもない。




「どうぞ」




ぼーっと天井を見上げていた視界に、白の円がポッカリ浮かぶ。マグカップの底だ。




よろよろと起き上がりお礼もなしに受け取れば、小さな微笑が聞こえる。




「…なに」


「いえ、キャスターさんって実はかなり言葉数少ないですよね」


「…喋んのって面倒なんだよ」




それでなくとも、仕事ではコミュニケーションの手段と協調性プラス役割の為に要らんことまで喋ってるというのに。




ずるずるコーヒーを啜る。なかなかの熱さを帯びた苦みが喉を嚥下していき、身体の中へ沁みていく。意識すれば辿れるのだから、身体って不思議だ。




半分ほどコーヒーを飲み終えた時、漸く紙を鉛筆が撫でる音が聞こえ出す。




どうやらカイルが作業を始めたようだが、別段何かしなければならないわけではないので傍にあるローテーブルにマグカップを置いて再び寝転がる。




くたくたと眠気が脳内を痺れさせ始めた。けれど、寝るわけにはいかない。




閉じかけていた瞼を開いて、テーブルの向こう側に見える大きなスケッチブックに目を向ける。




彼は今、どんな顔をしてオレを描いているのだろう。




それが、知りたい。



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