大家Cの書庫
□唐突に始まりを告げた非日常
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昔から、当たり前のように女物の服を着ていた。マルボロと揃って。もちろん親の趣味で。
ご近所さんでは"双子の可愛らしい女の子"と周知されていたくらいだし、それなりに様になっていたのだろう。
幼稚園年長の頃。最初におかしいと気づいたのはオレだった。そしてそれを何も違和感を覚えていなかったマルボロに話すと、途端にアイツは親に訴えた。男の子なのに変だ、って。
その訴えを少し離れていた所からぼんやりと見ていたオレは、そっか。やっぱり可笑しいことなのか。…なんて、子どもにしては嫌に客観的に見ていたような気がする。
それから全く女物の服を着なくなったマルボロは、小学校高学年から次第に反抗期を迎え中学でグレた。
それとは正反対にオレは相変わらず、スカートは穿かなくなったが女子に近い服装をしていたし、真面目とまではいかずとも至って平凡に毎日を過ごした。というより、自分に対しての興味が皆無だったのだと思う。
自分に少しでも気が回れば、兄のように決めごとに反した行動が出来たはずなのだ。
それがいけなかったのか、いつの間にやら親がモデル事務所へオレの写真を送っていたらしく、中2でモデルの仕事をするハメになるんだけど…。
ちょっとしたハプニングとしては、事務所に親が送った写真がいけなかったらしく…事務所の人と顔を合わせるまで、オレが女子と勘違いされていたことだ。…というより、学生服で行かなければそのまま違っていたかもしれない。
しかしオレがあっさり女装しますよ、と云えば相手方は目を輝かせて面白がり、その日からモデルのcassが生まれたのである。
そんなアホみたいな出来事からもう何年経ったか。オレは今や女性雑誌の表紙を飾るまでになった。
25のそこそこな年齢にまでなっても尚、本来の自分への関心は未だなく、Cassとして仕事をこなしている。
…でもまぁ、1つ変わったことがあるといえばあった。
「失礼します。こちら、イングリッシュマフィンのセットになります」
口元にお決まりの微笑を携え女性のお客の前にプレートを置いてから優雅に一礼し、テーブルを後にする。
モデルの仕事が休みの日は、こうしてマルボロが経営するカフェに手伝いに来ているのだ。
勿論ウエイトレスとしてではなく、ウェイターとして。
「てんちょー、コーヒー飲みたい」
「…その呼び方止めやがれ」
カウンター内に立っているマルボロの正面に座り、頬杖をつく。
正午のピークが過ぎ去り、元々静かな店内にかかっているジャズ調の音楽が更に静寂で覆っているように感じる。
談笑しているお客も数名いるが、どのテーブルでも品性が窺える程度の声しか聞こえない。
「あ。あんがとー」
ムスっとした顔で突き出された白のカップを受け取り、縁を鼻に近づける。鼻腔を通り抜けていく味覚が刺激されるような香りに、瞼を閉じた。
どうせならケーキとかフルーツタルトが食べたい。
もちろんお手伝い中の身なので、これ以上のワガママは控えるが。
無表情の自分とそっくりな横顔が、円錐型のドリッパーを洗っている。どうやら今のでブルーマウンテンの豆が切れたらしい。他の種類はあるみたいだけど。
口に苦みを含みながら、マスター様の背後にある幾つもの袋を目に提案する。
「買いに行ってこようか?」
「あー…どうすっかな」
「いつも買ってるお店でしょ?あのシルクハットかぶった人の居るとこ」
「まぁな。…ふぅ。じゃあ頼むわ」
時計へ一瞬視線を移したマルボロが、オレを見て小さく頷く。
よし。はじめてのおつかいじゃー。
差し出された可愛らしいガマ口の財布に吹き出せば、軽く頭を叩かれた。どうやらマルボロ曰く、十二支荘の住人の一人である卯から誕生日プレゼントにもらったらしい。
ナイスチョイスすぎる。
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