大家Cの書庫
□あいなし
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「…はい、リキ兄」
小さな手のひらが差し出したのは、氷嚢。手に取れば刺すような冷たさが左手全面に広がって、やがては身体中に至った。
正直、泣きそうを通り越してなんだか笑えるくらい頬も…その他もろもろも痛い。けれど見た目で一番酷い症状を表出しているであろう頬に左手のモノを当てることにする。
何も云わずに傍に居るちゅー太が眉間にシワを寄せていることは安易に想像することが出来たが、あえてオレは何も云わない。感謝の言葉も、この傷の理由も。全部。
きっとこの聡いガキは知っているのだと思う。けれどその事実に触れてこないのは、恐らく彼なりの優しさ。
縁側にブラブラと投げ出した両足にも、幾つかの痣が見えた。あとでシップでも貼っておこうか。
「…今日は沁みないご飯だといいね」
「あー…カレーとか、ケチャップ料理とかだったら最悪だな」
「確か当番は……ももち兄だったと思う」
「うは、マジで?オレ、バナナ料理も嫌なんですけど」
「いや、さすがにそれはないでしょ。…あ、ってことはカレーじゃない?残念ながら」
ケラケラと軽快な声で笑うクソガキに倣い、自分も思わず頬を緩ませる。きっと後にオレは地獄を見るハメになるのだろう。
舌を転がし、口内の右頬側を辿ればピリリとした痛みとぶつかる。左も同様だろう。
忘れかけていた氷嚢を今度は腹部へ差し入れる。腹筋の辺りに押しあてれば、僅かに痛んだ。まぁ、当然だよな。
…そう。当然なんだ。もうすでに当たり前となりかけている。
その代わり、いつも朗らかな笑顔を振りまくアイツの豹変した顔をオレは知っているのだから…ウィンウィンってやつなのか?…いやいや、オレの方がかなり不遇だろ。もっとなんか差し出せオラ。
…と内心愚痴ってはみるものの、本人にそれを全く云う気にはならないのだから困ったものだ。
「…ねぇ、リキ兄」
「んー?」
「…オレさ、もう見てらんないよ」
「んー…そうは云ってもさ、見てることしか出来ねぇだろ」
「そんなことない!みんな心配してる」
「アイツを悪者にしろってか。…それは無理な話だ」
そもそも、アイツはなんも悪くない。周囲が期待しない…今のアイツが忘れかけていた不似合いで暗い感情。…それを思い出させてしまったのは、紛れもないオレなのだから。
またきっと、夜更け過ぎに声がかかるのだと思う。
牧場の朝は早いとはよく云ったものだ。
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