大家Cの書庫

□寛容
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どんなに美しいものを描いても、ちっとも足らない。どんなに汚いものを描いても、ちっとも満たされやしない。




足りない充足感。満たされない満足感。




どんなに筆を走らせても、走らせても…何一つ良いものなんて描けないんだ。そう唐突にカイルは思う。




何に嫌気がさしたとか、何に絶望しただとか…そんなものではなくて。ただ単純に、ふとこのセカイには自分の描きたいモノなんて存在しないのではないか、という焦燥に駆られたのだ。




いつもなら部屋でぼんやりしていればなんとなく描きたい物が形を帯びてきて、自分を描いてくれと催促してくるような感覚を抱く。




しかし、どうだろう。ここ最近では全くそんな幻聴を聞かなくなったのだ。誰も、何も云ってくれない。




イライラが全く絶えない。…苛立ちが態度や顔に出てしまうことなんて滅多にないと自負しているカイルでさえ自覚できる程に、ストレスは最高潮に達しようとしている。




このままだと想い人である同居人に迷惑をかけることになると重々理解していながらも、彼ならどこか受け入れてくれるのではないかという安心感があった。




これが自分なりの甘えなのかもしれないとカイルは思う。




思考は全力で回転しているが、それと反比例して身体は疲れ切っているらしく、だらしなくソファーの背もたれに寄りかかり、コーヒーを啜る。




何気ない動作で右横へ目線を動かせば、台本を読みふけっている端正な横顔が見えた。




「…どうしたん?」




カイルの視線に気づき苦笑いしながら向けられた顔が、心配そうに眉根を寄せている。




…なんだかどうしようもなく、自分と相手の歳の差を感じさせられた気がして少しイラついた。




決して紫姫が悪いわけではない。しかし、今のカイルは…些細な違和感でさえ苛立ちへと変換してしまっていた。




それを自覚しているからこそあまり近くには居たくないのだけれど…近くに居たいと思ってしまう、矛盾。




その勝手に生みだした要因でさえ紫姫のせいにしてしまう程に、カイルは衝動を押さえ込んでいた。




ストレッサーとなっているものが何なのかさえ、わからない。彼でないことは、確実なのに。それでも…。




「カイルくん、大丈……っ、痛ッ…」




思い切り力を込めて掴んだ色白の手首は、カイルの握力で赤く鬱血していく。




カタリと落ちた軽い音と、バシャリと広がる水音。




カイルが冷めた目線を動かせば、テーブルの上で倒れたマグカップが流れるように黒を床へ落としている。




あみだクジのようにフローリングを伝った熱が、下ろしていた片足のつま先に染み込む感覚。




それを気にせず、顔を苦痛に歪ませた紫姫へとカイルは視線を戻した。



「カイルくん、手…っ」


「うるさい」


「…どう、したん?」


「別に。そんなこと、どうでもいい」




そのまま力任せに紫姫をソファーへうつ伏せに押し倒し、両の手を背後へねじ上げた。カイルは迷いなく自分のベルトをズボンから引き抜き、紫姫の腕を縛る。




効き過ぎた暖房のせいで、僅かに身体が火照り出す。…それが本当に温風だけのせではないことを、思考の片隅でカイルは理解していた。




頭をもたげ始めた色欲。それよりも強く身体中を占める支配欲。




声が、聞こえる。




一体その発信場所はどこからだとカイルが辺りを見回せば、組み伏せた身体が苦痛に声を上げていることに気づいた。




「…あ。あった」




こちらへ捻られた半泣きの顔が、なんてキレイなこと。





恍惚な表情でカイルが見つめていることに気づいた紫姫は、身体中に悪寒を走らせる。




まるで蛇に睨まれた蛙。石化したように自分が動けなくなってしまうであろうことが、安易に予測できた。脳内で警笛が鳴り響く。




しかし、紫姫は抵抗することが出来ない。




全部を押しのけて顔を出してしまったのは、自身が彼を想う心そのもの。



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