大家Cの書庫

□気がつけば埋まっていた、喪失したはずの自分
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しかし彼を知ってしまうことは、自分に悪影響しか及ぼさない。




人に興味を抱いてしまえばそれは止まらなくなり歯止めが利かなくなることを、オレは少なからず理解していた。




何百冊と本を読んだし、他人がペラペラと喋る沙汰に耳を傾けていれば自然と結論は出る。




興味とは、麻酔なのだと。




どんどん、どんどん深みにハマっていく。そんな危険性が確かに存在しているのだと。




だからこそオレは未だスケッチブックの向こう側を覗いたことがないし、恐らくこれからも無いだろう。




…これからと云えるほどこの先彼と多く時間を共にすることは、無いのだけれど。




「…いつなの。課題提出」




徐に口をついて出た言葉。そういえば、タイムリミットがいつなのか知らなかった。




正直どうでも良かったし、なによりいつか終わるだろうなんて安易な考えをしていたためであるが。




…今は、その時が早く来れば良いと思っている。




「え?あ、はい。あと1ヶ月後くらいですかね」


「…くらい?」


「はい。提出期間が一週間程あるので、その間に出せば問題ないんです」




あぁ、だから曖昧表現だったのか。




寝転がったまま、テーブルに左手を伸ばす。指先で上を辿り、目指すはスマフォ。




マグカップに数度ぶつかってようやく触れた固体をグワッと掴み、胸元へ引き寄せた。




仰向けの顔前へ、両手で包み込んだスマフォを向ける。




サイドについている電源ボタンを押し、見慣れた画面が時間表示と共にディスプレイに映しだされた。




それを一瞬見やり、すぐに右へとスライドさせればカレンダーが表れる。




…あぁ、今日って12月31日なんだ。




今年も去年となんら変化なく、きっとオレは年を跨ぐのだろう。




別にただ今日が明日になるだけなのに、なんでこの日だけ世の中は騒ぎ立てるのか。つくづく疑問であるが、だからといってそれに倣う必要は全くないので、オレ自身は普段のまま。




用済みの長方形を腰元辺りのカーペット上へ転がし、再び瞼を閉じる。




遠くで救急車の音がする。車のクラクションも聞こえた。




7階って結構高いと思ってたけど、音はそれなりに入り込んでくるんだなぁ…。




ほんの少しだけ開いている窓は暖房で温くなった部屋を換気する為彼が来る前に開いたが、ちょっと寒くなってきたかも。




けれど、そよそよと入り込む風は火照った頬には程良く気持ちが良かった。




「いつだろう」


「なにがですか?」


「キミがオレを見なくなるのは」


「……」




モデルとして着飾ったオレじゃなく、だらしない…ぐぅたらなオレを見ている彼が居なくなるのは。




…そっか。もう既に遅かったのか。




キミへの興味が、湧くように溢れてくるよ。



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