大家Cの書庫
□唐突に始まりを告げた非日常
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首からガマ口を下げて、ウェイターユニフォームを着たままコートをはおる。
店の外へ出ればザワリとした肌寒さが顔に触れ、思わず肩を竦めた。
秋を終えようとしている今、既に冬真っ只中と云ってもいいような寒波が襲いかかっている。地球温暖化の反動だろうか。
ぼんやりと吐きだされる白い息を眺めながら、人通りの多い街並みを歩く。
たまに向けられる熱っぽい視線は、モデルとしてのオレではなく一男性としてのキャスターに向けられているもので間違いないだろう。
オレがモデルやってることは親とマルボロしか知らない。別段隠しているわけでもないが。ウィッグで髪色は変えてるし、化粧しちまえば判別はつかないだろう。
…だから、その気持ち悪い好奇の目を向けるのは止めて欲しい。オレは見てくれで価値を見出すお前らが、心底大嫌いだというのに。
寒さも相まっていつの間にやら早足となっていたのか、意外にすぐ目的の店舗に辿りついた。
大きく、しかし上品に作られた店は最近雑誌でも特集されていたのを見かけたことがある。確か雑貨屋だったか。
…というのは実は建前で、頼めばどんな商品も取り寄せてくれるというハイスペックな店でもある。
もちろんそれは、常連の特権であるけれど。
少し低めのベルの音を連れドアを開けば、中は控えめな人数の客が疎らに居た。
どうやらカフェと同じくピークが過ぎた後のようだと推測できる。
ちらちらと横目で可愛らしい小物やお洒落なアクセサリーを眺めながら、レジのあるカウンター内にやんわりとした笑みを携え鎮座しているオーナーの元へ向かう。
あちらは既にオレが入店してきたことに気がついていたらしく、小さく頭を下げて立ち上がった。
「いらっしゃいませ」
「いらしゃいましたー。相変わらず繁盛してるみたいだね」
半身を捻って店内を見回す。男女連れの客と学生服を着た茶髪の女の子。それと、少し特徴的な白と黒の髪色をした同年代くらいの青年。それぞれがバラバラの場所で商品を見ている。
なんて平和な光景。自分の生きる世界との隔たりを感じずにはいられない。
「今日はどのような御用件で」
「え?あ、あぁ。えっとねー、ブルーマウンテンが切れちゃって」
「それなら丁度在庫がございますよ。少々お待ちいただいてよろしいですか?」
「うん。待ってる」
ひらりと一礼したオーナーが店の奥へと入っていくのと入れ替わるように、オレの横に人の気配がした。
丁度彼が留守の時に商品をレジへ持ってきてしまったのだろう。
左隣へ顔を向ければ、そこには先程の白黒若人が立っていた
手には筆が数本握られていて、やはり会計をしに来たのだろうと悟る。
「ごめんねー。ちょっと待ってれば来ると思うから」
「あ、はい」
軽いノリで話しかければ、苦笑いを返されてしまった。あ、なんかすいません。
青年から視線を外し、店の奥をぼんやり眺めながらふと思い出す。
そういやもう1人、白いハットの店員が居た気がしたんだけど。
振り返り店内に目を走らせるも、その姿は見当たらない。もしかしたら今日は休暇日なのかもしれない。
「あの、」
不意にかけられた声に、先程の青年へ顔を向ける。多分、今話しかけてきたのは彼だ。
「あぁ、なに?」
「キレイですね」
「は?」
「あなたです」
小さく微笑みながら放たれた言葉に、思わず呆ける。一体この少年は何を云ってるんだ。
でもまぁ自分の容姿は我が片割れと違い自覚しているので、そこまで吃驚はしないけれど。
今まで散々格好良いだの可愛いだの云われてきたので、さほど感動もなく感謝を述べる。
「ありがとう。よく云われる」
ほんの少し嫌味を含んだ口調になってしまったことに、果たして彼は気づくのか否か。どっちでも良いけど。
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