大家Cの書庫

□ぬるま湯につかった、
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ボクは今日から、ペットを1匹飼い始めることにした。




〜さいしょの ひ〜




コン、コン。




ゆっくりと右手でドアをノックすれば、中からは気の抜けた返事が聞こえた。




そっとノブを下げ押し開けると、視界に映る暗闇。




部屋の中心に鎮座した大きなベッドがもぞもぞと動いたことが、衣擦れの音で分かった。




後ろ手にドアを閉め、そっと近づく。




上体を起こした身体が、大きく伸びをした。




「綾川、オレのアイフォンどこ?」


「必要ないよ」


「…はぁ。オレはお前の為を思って云ってんの。さすがに家の誰かに連絡入れとかねーと。警察沙汰とかになって困るのはお前だろーが」


「…ふふっ。違いないね」




思ったより冷静に物事を判断する会長に、ボクはとても関心しながら、ベッド脇の引き出しを開けた。




カラリと引いた勢いで手前に滑ってきたそれを手に取り、不自由な両手に渡す。




暗闇の中灯った白い光に目を細めれば、あー…やっぱりな、なんて声が聞こえた。




「ほれ見ろ。住人のほとんどからメールとか電話とか来てんだろーが」


「あぁ、ホントだね」


「お前、頭良いくせに意外と抜けてんのな。…それとも、わざとか?」




探るような鋭い眼差しが見上げてくる。ボクは気にせず、手渡したハコを指差した。




「電話したら?」


「質問に答えろよ。それくらい聞く権利あんだろーが」


「どうして?」


「…現状については、聞いてねーだろ」




強い光を帯びていた双眼が伏せられ、手元へ。慣れた手つきで動かされた親指が白い画面を滑り、そのままそれを左耳にあてた。




わざわざ耳を澄ませばボクに届く位置で、そのまま彼は、不自由な左手で通話を始める。




時たまチラリとこちらへ視線を寄こしながらも、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にし、笑いながら数度言葉を交わすと電話を終えた。




「ほれ」




要済みとでも云うように寄こされたアイフォンを反射で受け取れば、満足げに緩んだ口元が目に映る。




…どうして、笑っていられるのだろう。




「とりあえず心配するなって云っといたぜ?ダチの家に寝泊まりしてっからーって」


「…ボクにはキミが何を云っているか分からないよ」


「え?なんで?」


「どうしてボクのこと云わなかったの」




無性に苛立って無防備な両肩を掴んで、ベッドへ押し倒す。




ギリギリと指先へ力を込めれば、僅かに会長の顔が歪む。けれどすぐにまた、普段通りの笑みを見せた。




「云うために電話したんじゃねーし」


「…なんだい、それ。バカにしているのかい」


「んなわけねーだろ。オレのがバカだし。…つか、肩マジいてぇから」




手錠をかけられた両手が、宥めるようにボクの左手をタップした。




気にせずそのまま馬乗りになり、自分の纏う制服のネクタイを外す。




意味が分からず瞬く両目に若干の優越を感じ、さっきまでの彼のようにボクも口元に弧を描く。




「ふふっ。本当にバカだね…会長は」


「あ、綾川…?」


「きっと、これからキミは沢山後悔するだろうね」




クツクツと喉を鳴らして笑えば、ようやく事態を理解したサルが身を捩る。




その滑稽な姿を傍観しながら、あぁ…そういえば、とわざとらしくボクは声をあげた。




「さっきのキミの質問に答えていなかったね」




眉間にシワを寄せてボクの名前を呼ぶ、僅かな恐怖が滲んだ顔へネクタイを近づけ、目元に宛がうと目隠しの要領で後頭部に結び目を作る。




「せっかくあげた"チャンス"を棒に振ったのは、おバカなキミ自身だよ」




未だ暴れることを止めない滑稽な優しさへ、ボクは右手を上げて、思い切り振り下ろした。



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