ショート(復活)

□嘘つきの純愛
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幸せな現実を前に俺はすっかり忘れていたんだ。
世の中のどうしようもないこと。諦めなきゃいけないことがある。
世の中には残酷な真実があることも、卑劣な嘘があることも、必要な嘘があることも忘れていた。
この世界は本当によく出来ている。
幸せにはいつだって終わりというものが存在して、人には分というものがあるんだ。
自分に嘘をつき続け、見て見ぬふりをしてきた俺。
そんな俺にふさわしい虚構の幸せ。
それでも俺は幸せだったんだ。幸せだったんだよ?










彼女が俺の前に現れたのは雲雀さんと付き合い始めて数か月というところだった。




雲雀さんと過ごした帰り道、いきなり目の前に現れた少女に俺は唖然とした。
いきなり現れたこともそうだけれど、何よりその少女のいで立ちがこんな何の変哲もない住宅街の、道路のど真ん中にまったく合わなかったからだ。
鮮やかな着物に身を包み、艶やかな黒髪をなびかせる。
まるで日本人形のような美しい少女。
俺とは正反対の少女。
どこか彼の人を思い浮かべる容姿の少女。
唖然と何も言えずに固まっていると、その少女は美しくほほ笑みながら、俺に言った。


「沢田綱吉さんでいらっしゃいますか?」


ビクッと肩が震える。
その反応だけで十分だったのかその少女は笑みを深めた。


「そうですか。…では、貴女が恭弥さまとお付き合いしていらっしゃる方で間違いありませんか?」

「え…」


突然の関係性を示唆する言葉に反射的に顔が熱くなる。
素直すぎる反応に少女が微笑ましいとばかりに、目元を緩めた。


「そのご様子ですと本当みたいですわね。では、沢田綱吉さん。私、貴女にお伝えしたいことがあって参りましたの。」

「伝えたい…こと?」

「はい。恭弥さまのことで…」


雲雀さんに何か悪いことでもあったのかと緊張する。
少女はその様子にハッと口を押さえて苦笑した。


「申し訳ありません。私の言い方がよくありませんでした。私が伝えたいことは貴女と恭弥さまのことについてです。」

「俺…?」

「はい。きっと貴女はご存じないと思いましたから。」

「…何でしょうか?」



俺が知らなくて彼女が知っていること。
それはなんとなくとても嫌なものだという気がした。
冷静な自分が戻ってくる。
何事にも何も感じない自分。
雲雀さんと過ごして随分と気が緩んでいたようだ。
さっきの取り乱し様からいきなり様子が変わった俺に少女は少し驚いた顔をする。
それもすぐに微笑みに変わる。
ああ、彼女は本心を隠すことに慣れた世界の人間だ。


「私、恭弥さまの許嫁ですの。」

「…。」


何も言わない。反応しない。

少女はそんな俺に意外そうな顔をして小首を傾げた。


「何も…言いませんの?」



なにを言えというのだろうか。
なにを言えると思っているのだろうか。
婚約者。俺は知らない。そんなことを言われたこともない。

なら雲雀さんも知らない?


「…それは、雲雀さんも知っていることですか?」

「はい。恭弥さまもご存じのはずですわ。」


知っていて、そのままにしている。

それは普通なら気にすることでもないだろうけど、彼に関しては別だ。
知っている。その事実がひどく重い。


「そうですか。」

「ええ、…こんなこと、わざわざ言いに来て…いやな女とお思いになるでしょう?」


少女は仕方ないといった感じに苦笑する。


「いいえ。」

「本当ですか?それなら、嬉しいのですけれど…」


でも、貴女の幸せそうな様子を拝見してからどうしても言わなければと思いましたの。
そう言う彼女は悪気の欠片もなくて…なんて親切で、純粋で、健気な少女だろう。
微笑む少女はどこをとっても美しい。
それが本心かどうかなんて俺には分かるはずもないけれど。


「…ご親切にどうもありがとうございます。」


平坦な声しか出なくなった俺の言葉は感情あふれる少女の言葉に比べてなんて薄っぺらいのだろう。




それでも言葉に嘘はないのだ。




ありがとう。世の中を思い出させてくれて。
ありがとう。俺の身の程をわからせてくれて。
ありがとう。ありがとう。


だからね、目が熱いなんて思ってもそれはどうしようもなく喜んでいるからなんだ。
お礼の言葉を隠した口元で受け取った少女はそのまま背を向けて帰って行った。
その背中が見えなくなったところで目から何かが零れる。


「これで、俺は…」



また、ひとり、生きていける。




















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