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□盲目のアイロニー
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目を開けていても真っ暗闇の中でコツコツと響く足音。
何気ない日常の1コマだが、これが俺のすべてだ。
あと少し、あと少し…
近づくのに比例して音が大きくなる。自分の心臓もそれに比例して鼓動を高鳴らせる。
あぁー…この時間が一番好きだー…
3…2…1…
「高尾、入るぞ。」
ガラっと開く音と同時に、聞こえるのは大好きな声。足音で分かるようになったのはいつからだろう。思い返せばこの病院も今年で3年目になる。
「花を換えるぞ。」
「うん、ありがと。今日のは…萩?」
「あぁ、あたりなのだよ…夏だからな。もうじき…」
「そっかぁ…そんな季節か…。」
3年前の夏、俺はこの通り失明した。五感のうちの1つを失ったんだ。
高3でインターハイの直後だった。正直、こうなることは分かって居たから、自分としては驚かなかった。
高3に上がってすぐだ。鷹の目を使ってる間に違和感を感じた。梅雨の頃には日常生活にも支障が出るくらいに。最後には誰にも言わずにこうなった。いや、こう“した”んだ。
「そんな顔すんなよ、真ちゃん。」
「高尾…。」
嘘。そんなこと口では言うけどホントは嬉しい。嬉しすぎておかしくなるんじゃってほど。
唯、自分が誰かに真ちゃんの横を取られたくない、それだけの理由で一心不乱に続けたバスケ。そんなことで2年間一緒に居た自分を捨てるわけ無いのに。俺はそんな子供染みた理由で確実な“保障”を勝ち取ったんだ。
元々、親の背中を見て医者になると言っていた真ちゃん。俺の失明に何故気づかなかったってくいながら、その頭を駆使して大学飛ばして医者になり、俺に尽くしてくれた。そこにあるのは親愛ではなく、もう変わり果てた罪悪感。
「だた…そばに居るだけでいいから…。」
「あ…ぁ。」
こうやってまた真ちゃんを縛り付ける。汚い?うん。自分でもそう思う。でもこれ以外に、俺に方法は無いから。
“俺自身”に真ちゃんを縛り付けられるモノは“亡い”から。
知ってるよ?新しく入った俺の担当の看護婦さん。声も雰囲気も真ちゃん好みの大人っぽくて可愛らしい人だよね。でもあげない。真ちゃんは俺のモノだから。俺の世界が真ちゃん自身だから。
俺が居る限り、真ちゃんはあの綺麗な看護婦と互いに好き合っていても、決して首を立てには振らない。手もとらない。
ごめんね?真ちゃん。でも、
「好きだよ、真ちゃん。」
愛してる。
あいしてる。
アイシテル。
“哀してる?”
盲目のアイロニー。
思い溢れた夕方の病室。