ZAGARDIA TALE

□第三章
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ザガルディア帝国が誇る華やかで雄大な王城。
麗しの女神ロクサーヌの名を戴くこの城は
初夏に差し掛かるこの時期、広大な敷地に広がる庭園がみずみずしい緑で彩られ、白亜の壁を持つ城と見事な調和をなしている。
あちこちに咲き乱れる鮮やかな南国の花も、春に咲く愛らしいそれとはまた違いあでやかでなんとも美しい。

ロクサーヌ城金剛宮の一室、朝議の間では今日も変わらず一日の始まりである朝議が行われていた。
正面にすえられた玉座を挟んで左右に居並ぶ議員達。
しかしながらその玉座に彼らの戴く王の姿は無い。
代わりに、本来ならば神聖ザガルディア帝国皇帝にしか許されぬはずのそこには一人の妖艶な女が腰掛けていた。

「では他に何かあるか?」

女の赤く濡れた唇がゆっくりと開く。
その言葉を受けて玉座に最も近い場所に座した若い男が豪奢な金髪を揺らして立ち上がった。

「私から一つ。」

「宰相か。
良かろう言うが良い。」

宰相と呼ばれた男は女に向かって一礼すると居並ぶ議員たちに向き直る。

「お集まりの皆様、本日は私から重大な知らせがある。」

宰相の重々しい声に、緊張が走った。

「私の掴んだ情報によると
我らが帝国領土北方のいくつかの場所において反乱が発生したらしい。
終わらない天候不良や食糧不足などでたまりにたまった不満が何らかの理由で爆発したものと見られる。
民衆の数は定かではないが、各地で断続的に発生しているだけに鎮圧に手こずっているようだ。」

「反乱だと?」

「平民の分際でなんということを…」

「神聖なる王家に不満を申し立てるとは恐ろしい…」

「我らが王都にまで攻め上るつもりか?」

宰相がもたらした知らせにたちまち室内はざわめき始める。

「今のところ北方以外の地域にそのような動きは見られないが
今回の反乱が火種にならないとは言い切れない。」

「なんと!早々に軍の派遣を…」

「とにかく一刻も早く事態を収めねば…」

パンッ

半ば混乱状態に陥った室内に突如手を打つ音が一つ響いた。

「皆の者、そなた達は何をそんなにあわてているのじゃ?」

見れば先ほどまで玉座にしどげなく腰掛けていた女が立ち上がっている。

「反乱。無理もないことよ。
ここ何年も続く天候の変動に疫病の蔓延、川は枯れ作物は実らない。
そりゃあ不満も爆発しよう。
だがそれは一体何のせいじゃ?」

女はそこで切って皆を見渡す。

「皆も良く知っておろう。
光あふれる夢の帝国ザガルディア。
民は富み、人々の笑顔の耐えぬ美しき楽園ザガルディア。
それがなぜにこのようなことになったか?」

「悪魔…」

誰かが言った。

「悪魔のせいだ!」

「わが帝国に呪われし皇子がもたらされた故に!」

「神聖なる王宮が血にまみれ、神がお怒りになったから…」

「全ては…」

「あの忌むべき悪魔のせいに他ならん!」

議員たちが口々に叫ぶ。
玉座の女はそれに満足したのか深く頷いて再び腰掛けた。

「その通り。
民衆が真に恨むべきはあの悪魔であって我々ではない。」

「お待ちください!」

その時凍りついたように微動だにしなかった宰相がようやく口を開いた。

「お待ちください。
確かに、確かにわが帝国に不穏な影が満ち始めたはかの皇子が生まれたころからでございます。
しかし…だからといって全てをそのせいと言い切るには…」

「宰相よ。」

女が手にした羽扇を広げつつ言う。

「宰相よ、何を言っておるのじゃ?
かの悪魔はわが帝国の不吉の象徴凶事の証。
民達に真に憎むべきは何かを改めて教えてやるのも上に立つものの役目であろう?」

「しかし…」

「まだ言うか宰相。
言わせてもらうが妾には何故お前がそのようなことを言うのか理解できぬなぁ。
宰相。お前はあれが憎くは無いのか?
なあ宰相。誰よりもあやつを憎んでしかるべきはそなたであろう?違うか?」

「それは…」

言葉を切ってうつむく宰相に女はその紅唇を満足そうにゆがめる。

「わかればよいのじゃ。
良いか、早々に反乱を収めよ。
だがまあ…万一収まらぬ場合は、あの悪魔を民の前に引きずり出してやればよいわ。
したら民も落ち着こう。
爆発した不満の矛先は我らが正しく導いてやらんとなぁ。」

「おお!その通り。」

「我らに非は無いのだから。」

「あの悪魔もたまには役に立たんとなぁ。」

「いかにも…」

女の言葉に室内は徐徐に落ち着きを取り戻す。

「では、朝議はこれまでとしよう。皆の者良いな。」

女の問いかけに否を唱えるものはいない。
女は一つ頷いて歩き出すと、ふと何かを思い出したのか出口の前で振り向いた。

「おおそうじゃ宰相。」

いまだに立ち尽くす宰相をさもおもしろげに眺めて言う。

「何でも先ごろ、あの悪魔が閉じ込められておる北の塔の住人が増えたとか。
ついでゆえやつらもまとめて民の前に引き出してやるが良い。
民の怒りも、矛先を向ける対象が多いほうがより早く収まろうて。」

女の哄笑が高らかに響く。

遠ざかるそれを宰相はただこぶしを握り締めたままじっと聞いているしかなかった。
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