ZAGARDIA TALE

□第二章
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「あの…大丈夫ですか?」

長い静寂の後のユーリの第一声がこれ。
この言葉自体には何の問題もない。
が、しかし彼女が大丈夫かと問いかけた相手には問題がある。
それは隣に立っているサクレイドではなく、もちろんすでに絶命して床に転がっている兵士達でもなく…目の前に立つ悪魔―否、少年だった。
予想外の出来事にサクレイドはもちろん、少年までもが唖然としている。
それが正しいのかどうかはひとまずさておき、今、この場で頭が正常に働いているのはきっとユーリ一人だけだろう。

そのユーリはといえば、
足に絡みつく鎖をうっとおしそうにしながらも、たった今この場の惨状を作り上げた張本人の下へ心配そうに歩み寄っている真っ最中だ。
サクレイドは再会早々頭が痛くなった。無理もない。

「ユ…ユーリ…」

ためらいがちに声をかけるとようやく彼女は自分の存在を思い出してくれたようだ。

「あ、サクレイド!あなたも大丈夫ですか?深い怪我はありませんか?」

心配してくれるのは嬉しい。嬉しいのだが…

「ユーリあのな…」

「サクレイド、彼は病気なのでしょうか?」

一体彼女はどういう神経をしているのだろう…サクレイドは真剣にそれが知りたくなった。
どうしてこの状況でそんな言葉が出てくるのだろう…。

「ユーリ…恐ろしくはないのか?」

「怖いですよ。当たり前じゃないですか。」

即答だ。
もうさっぱりわからないと考えることを放棄したサクレイドを見てユーリはクスリと笑った。

「でも、これからは私とサクレイドと彼とで生活していくんです。
いわば同居人なんですからあんなに痩せてるのを見れば心配くらいしますよ。
彼は確かにたった今何の罪もない人間を殺しました。それは恐ろしいですとても。
でも、私たちだってついこの間、おそらく誰かを殺してしまっているでしょう?」

「だが、あれには理由があったのだぞ。」

「そう。私たちには正当防衛という理由がありました。
では彼は?もしかしたら彼にも何かの理由があるのではないでしょうか?
人を…殺したいと…それほど憎む理由が。
それを知りもしないで無意味に恐れるのは間違っているんじゃないですか?
少なくとも私はそう思います。
私は彼のしたことは恐ろしく思います。
でも、それは彼自身を恐れることとはまた違うと思うんです。」

「ユーリ…」

そうだ…彼女はこういう人だ。

サクレイドはユーリとの出会いを思い出していた。
傷ついた自分を見て、おそるおそる近付いてきた小さな人間。
彼女は決して自分を無意味に恐れたりしなかった。
異端だといっても何と言っても笑って流し、自分の正体を知ってもサクレイド≠ニ、聖なるものを意味するその名で呼んでくれる。

無謀なのではない。彼女はただ何処までも優しいのだ。

「そうだな。我が間違っていた。」

自分のほうが絶対年をとってるのに、ユーリにはいろいろなものをもらってばかりだ。
それが何処となく悔しく、またそう思うことはなんだかとてもくすぐったかった。

「わかってくれればいいんです。」

そう言ってにっこり笑うと彼女はまた少年に向かって歩を進めた。
サクレイドがちらりと少年を見ると、彼はまだ呆然としている。
その表情はなんだか妙に年相応で、サクレイドの笑いを誘う。
できるだけ声を出さないように努めながら自分も一歩踏み出そうとしたとき、鋭い声が空気を刺した。

「っ近、づく、な!」

声にこめられた殺気に驚いて急いでユーリに近付くと彼女は手の甲を押さえて座り込んでいた。

「ユーリっ!大丈夫か!?」

「あっサクレイド!大丈夫ですよ。
いきなり肩に触ってしまったからびっくりしたんでしょう。振り払われただけです。彼は?」

「凄い勢いでどっかに行ったぞ。」

鎖のなるジャラジャラという音はもうだいぶ遠い。

「そうですか。嫌われちゃいましたかね?」

「さあな。だが、あれだけ早く動けるのなら病ということもないだろう。」

「なら安心ですね。
さて…この方々はどうしましょうか…」

「その心配はないようだぞ。ほら見てみろ。」

サクレイドの指すほうを見てみると、何人かの兵士がこちらに向かって駆けてきていた。
口々に何があったのかと聞いてくる。

「この塔は呪われてるんですか?ここに入ったら突然皆さん亡くなられてしまいました。なんて恐ろしいのでしょう。
でも今なら大丈夫みたいです。何も感じませんから。
もうこんなところにはいたくありません。私たちもついでに助けてください!」

ぺらぺらとよどみなくしゃべるユーリにサクレイドは黙るしかなかった。
自分の出番はきっとない。

「ああ恐ろしい!
また何かが…何かが来る気がします!早く…はやくっ!」

+++++

風のよう
こんな言葉がぴったりだった。
ユーリの言葉を聞くなり彼らはものすごい勢いで突入してきて、床に転がる死体を運び出すと、引き換えにいくつかの荷物を放り出し、またものすごい勢いで扉を閉めて去っていった。

「すばやい!すごいですねぇ。」

などとのんきに呟くユーリをよそにサクレイドは彼らが放り出していった荷物を検分している。

「ユーリ、お前は何を要求したんだ?見たところそれらしいものは無いように思うが…」

「サクレイドは何を?」

「我か?我は数日分の食料を。」

「さすがはサクレイド!抜け目がないです。」

「で?お前は何を?」

「私ですか?私はこれです!」

そういうとユーリは得意げに左手を開く。

「………これは?」

「髪を留めるためのピンですね。」

きっぱりと言い切るユーリにサクレイドの頭は本日もう何度目かわからない思考停止を起こしそうになった。

「なぜ…そんなものを?」

「サクレイド。私は女性です。髪型くらい気になりますよ。女心ってやつです。
おじいちゃんが言ってました。女心を解さない男は男じゃないそうですよ。」

だからなんなのだー!
サクレイドは地団太踏んで叫びたかった。

「で、そのためにはこの手枷。とっても邪魔だと思いませんか?」

ユーリのその言葉にサクレイドがはっと顔を上げると目の前の彼女はにこにこと微笑んでいる。

「まさか…」

「そう!髪留めだからと言って何も髪を留めるだけしか使い道がないわけじゃないんですよ?知りませんでした?」

そう言ってユーリはいたずらっぽく片目をつむった。
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