◇変わらない想い


□嘘
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「いってきます。」
「...はい、いってらっしゃいませ...。」

いつもより少しトーンダウンしたアシュレイの声に、メイリンは違和感を覚えた。
何か声をかけようとしたが、それよりも先に隠し通路の穴は閉められ、「お気を付けて...」と呟くことしかできなかった。
そういえば、今朝のご主人様とアシュレイ様の間に流れる空気がいつになく重かったように感じた。
喧嘩でもされたのでしょうか...。
こんなことは今までにほとんどなかったからメイリンは戸惑ってしまう。

ご主人様はいつもアシュレイ様の意志に寄り添われ、その考えを尊重してきたように見えた。
お2人が対立したといえば士官学校に関する事ぐらいだったとメイリンは思い出す。
アシュレイ様のことを心配するご主人様の気持ちがわからない訳ではないが、一方で自らで道を切り拓かんとする強きアシュレイ様にそんな心配は無用だとも感じていた。
おそらくアシュレイ様はまた1人で何か大きな問題を抱えているのでしょう。
果たして自分が踏み入っていいことなのか、メイリンはそこまで考えて隠し通路部屋の入口を閉めた。









昨日の今日だと言うのにずっと暮らしてきたこの街の見え方が変わった気がする。
どこか遠くの窓から覗いているような...そんな感じがした。
アシュレイは朝特有の冷たい風に吹かれながら学校へ向かった。
昼は容赦のない暑さなのに、朝と夜はとことん冷え込む。
人々が生きていくには厳しい環境だ。
それでも、創意工夫を凝らしたこの美しい街、そして国はアシュレイとって誇りだった。

「ほんとに普通の家に生まれたかった...。」

身分や階級に縛られるのはほとほと御免だ。両親の理想とする令嬢としての振る舞いなど、敷かれたレールの上を辿るだけの人生など、アシュレイは求めていない。
しかし、両親を恨んでいる訳ではない。
この国を今の姿へと作り上げた一員でもあり、今では大統領として国を率いる立場である父のことを尊敬している。
だからこそ、余計に行き場のないこの感情にどう対処すればいいのかわからないでいた。

学校へ行くにはまだ早いと判断したアシュレイは噴水広場のベンチへ腰かけた。
そういえば、ここでヒューバートに慰められたことがあったと思い出す。
初めて戦闘で人を失う恐怖を知った時だ。
あの時、とても心配をしたのだと、無茶なことはもうしないでくれとヒューバートに強く言われたと、アシュレイは思い返して苦笑した。

「ひゅー...ばーと...。」

わたしたち、もうすぐさよならなんだよ...

静かで肌寒い朝、噴水に揺らぐ水面が寂しさに寄り添うようだった。
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