『The whereabouts of the deeply love(深すぎた愛情の行方)』





初めて見初めたのは何時だったか。

大輝はそんな事を考えながらある場所へ向かっていた。




其処は―――






「え??此処で一番人気の娼婦を指名したいって??」
「あぁ、金は倍額払う。だから頼むよ」



上海一の日本人向け娼館『桃源郷』だった。




「うーん、けどねぇ」

受付の男は大輝の頼みに対して難しい顔をするだけで絶対にうん。とは答えそうに無かった。

恐らく、どんなに金を積もうと例外は認められないのであろう。



流石大国でも1、2を争う娼館である。




だが、異常なまでに勘が良く心理学に長けていた大輝は其れを一瞬で見抜くと妖しくクスッと笑ってはこう言ったのだ。





「何なら金の代わりに鉛玉でも食らわせてやろうか??」


と。

そして胸元に隠し持っていた愛銃をチラリと見せては胸に光るバッヂをこれ見よがしに見せ付けてやったのだ。



すると―――




「ッ、そ‥其のバッヂは!!し‥失礼しました!!」



男は大輝の胸に光る縦長の六角形の金バッヂを見るなり震え上がり、慌てて立ち上がると




「ど、どうぞ此方へ!!」

などと言って先程の態度とは一転し、媚びへつらう様に手を捏(こ)ねながら大輝を部屋に通したのだ。



そんな男のあからさまに卑屈な態度に十分満足を覚えた大輝はニコリと笑って



「サンキュ♪」

実に足取り軽く、目的の場所へと足を運ぶのだった―――















一方。




「…‥‥ハァ」

ほんのりとした淡いピンクの色調の、如何にも甘いムードたっぷりな装飾品に囲まれながらも


其の雰囲気に反して暗く重い溜息を吐いてみせたのは




「嫌だなぁ、また来るのかしら。あの人」

此の娼館の一番人気の娼婦の座を欲しいままにしていた遥だった。




「マフィアなんて大ッ嫌いよ。特にジャパニーズマフィアはもっと嫌い‥…」


幼い頃、彼女は両親に捨てられ此処に売り飛ばされて来たのだ。


理由は単純、借金のカタである。

そもそも日本人だった父親が事業に失敗し、サラ金に手を出した事で利息が膨れ上がり、最終的にはヤクザに脅されてこうなってしまったのだが。





「戻りたいなぁ、あの頃に…‥‥」


幼かった遥は真実など知る由も無く今日まで生きてきたのだ。


そして、家族をバラバラに追いやったヤクザやマフィアを激しく憎んでいた彼女は当然―――






「やぁ、遥。逢いに来てやったぞ」
「ッ///」


日本を裏で良い様に操っていたジャパニーズマフィアである此の前屋大輝を必要以上に憎んでいたのだ。


こんな風に。




「また貴方なの??よくもまぁ飽きずに毎週来れるわね。其れとも…マフィアのボスってそんなに暇な職業なのかしら??」




やけに刺々しい口調とツンと澄ました横顔は明らかに歓迎していない証拠。


其れでも大輝はくっくっく、と喉奥で笑うだけだった。




其れが気に入らなくて。



「な、何が可笑しいのよ?!」

と、元々勝気な遥が目を吊り上げて問い質してみれば。




「いやぁ、怒った顔も可愛いなぁと思って」
「なっ///」


予想だにしない大輝の褒め言葉にカッと頬が赤くなる。



「や、止めてよ!!どうせからかってるだけなんでしょう??本心ではそう思ってない癖にッ///」



悔しい。


こんな男の言動にいちいち振り回されるのも、反応してしまう己の身体も許せなくて。

赤らんだ顔を早く醒(さ)まそうと遥はベッドサイドに置いていた愛用の扇(おうぎ)に手を伸ばした。




其の時だった。




「あっ///」


同時に手を伸ばして来た大輝の手が遥の手をパシッと掴んでは捕らえてしまったのだ。



瞬間、遥は思い切り嫌そうな顔をしてやった。




「やっ///な、何す―――」


こんな、人を人とも思っていない様な暗黒街出身の人間に手を握られるなんて背筋が凍るくらいゾッとする。



そう、思っていた筈なのに―――




「捕まえた」
「ちょ、ちょっと///何時まで握ってるつもりなの??いい加減離してよっ!!」





其処から伝わる温もりはどの上客よりも優しく、酷く安心すら覚える不思議な温もりだった。


更に



「嫌だ、って言ったら君はどうする??」
「〜〜〜っ///」



まるで蕩ける様に甘く、嬉しそうな笑みを浮かべながら。

無邪気な子供の様に熱い視線を向けてくる彼はとてもでは無いがマフィアのボスになど見えなかった。




寧ろ、普段から穏やかでニコニコしている彼に人を殺せるのだろうか??と本気で疑いそうになる。


其れ位、大輝という男は一見人畜無害そうで実に人の良さそうな好青年として他人の目には映るのだ。




だが―――






「なぁ、俺の質問にちゃんと答えてくれよ。遥」
「あ、さ‥触らないでっ///」
「あーっそう。あくまで答えないつもりか。ならこっちの口に聞くからいいさ」
「え??ど、どういう‥…きゃあぁあっ///」


一向に答える気配を見せない遥に苛立ちを覚えた大輝が力任せに押し倒してきたので。



呆気なく力負けした遥は抗う術も無いままマットレスの上に沈んでしまったのだ。


しかも背中から。

ぼすんっ、と乱暴な音を立てて。




「あ、っ///」


一瞬、背中を打ちつけた衝撃と共に喉を詰まらせ息苦しさを覚えた。


そして恐る恐る目を開けてみると―――




「んんっ?!」


いきなりキスされてしまったのだ。

塞がれる、艶々に濡れた彼女の唇。




其れは色づいた桜の様に美しく、唇だけでも大輝を魅了するに十分な美しさを誇っていた。



だが其れ以上に



「んっ、んん…ふ、はぁっ///や、やめ…んむぅっ?!」



ベッドの上でサラサラと波打つ金の髪は壮絶に美しく。


羞恥で染まった頬は薔薇色に染まり、潤んだブルーサファイアの瞳は其れだけで男の情欲を誘うに十分だった。



当然、其の比類なき遥の美しさに惹かれていた大輝はそっと唇を離すと嬉しそうに目を輝かせ―――





「…‥君は勝手に誤解してるみたいだけど」
「生憎マフィアのボスも楽じゃないんでね」
「分かってくれとは言わないが‥」
「其の代わり、多忙で貴重な俺の時間を奪った代償は其れなりにきっちり払って貰うからな」
「勿論、君の身体で」


などと言い出したのだ。




そして遥が嫌!!と声を上げようとする前に



「んぐっ///」

がっつく様な荒々しいキスを施しては。


そのまま濡れていない陰部に勃起した自身を突き立ててやったのだ。



ずぐ、と鈍く嫌な音が耳を掠める。

同時にピリッと痺れるような痛みを覚えた遥が思わず




「い、痛いっ///」

と叫べば



「ッ、は///相変わらず‥締まりの良いまん×だな。こりゃ慣らさないと無理‥か??」


其れまで貝の様にぴったりと硬く閉じた彼女の陰唇に無理矢理挿入を果たそうとして失敗した大輝が困ったようにフ。と笑ってはそうボヤいたので。



だったら早く抜いてよ!!

と、心の中で悪態を付いた遥であったが―――





「ま、イケなくもないか‥」
「ひぐっ?!」


決して其処から亀頭を離さず。

しかし緩やかに腰を前後に振ってみせた大輝は入り口で引っ掛かった亀頭で膣口を玩ぶように愛撫してやったのだ。




そうすれば



「ん、ひゃんっ///や、無理よこんなのぉっ!!」
「無理じゃないだろ??ホラ、ちゃんと耳を澄ませて聞いてみろって。ちゃーんと遥のあそこからやらしー音がしてるだろ??」




大輝の言う通り

くちくちと徐々に濡れた音が漏れて来たので。




「いやぁああっ///は、恥ずかしいのぉ!!」

其の彼の言葉のせいで激しい羞恥に襲われた遥は真っ赤になりながら必死に嫌々と首を横に振ってみせた。



大輝に見られ、聞かれている。

自分の恥ずかしい場所を、音を、そして真っ赤に染まった顔を。




「はぁ、んっ///や‥っ、音‥やなのぉっ!!」



其れだけで遥の鼓動は激しくなり


仕事柄男に抱かれる事に今更恥じらいを覚える方が滑稽だと分かっているにも関わらず―――



「ハハハ、そう恥ずかしがるなよ。どうせ他の男ともこういう事してるんだろ??」
「で、でもっ///やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいからぁっ!!見ちゃだめぇっ///」
「オイオイ、処女じゃあるまいし‥ちょっとくらいいいだろ??見せてくれよ、遥の全てを」
「ッ///」


大輝相手にだけは

いつもしっとり全身が汗ばんでしまうくらい何故か緊張させられ、らしくなく胸を熱くしてしまうのだ。



まるで彼の愛撫を身体が勝手に欲しがる様に。焦がれる様に。求める様に。




だから―――




「あぅううっ///だめだめこんなのぉっ!!感じちゃうよぉおおおっ」


満たされていく性欲に対し、言葉で抗い必死に反発する事で最後の砦を守っていたのだ。



此の男だけは堕ちたくないと

此の男だけは愛してはいけないと



そう、心にブレーキを掛ける様に。




其れでも




「んくぅうううっ///」


膣口に亀頭を擦り付け軽く出し入れしていたせいで滑りの良くなった膣中に勢い余ってずるん、と大輝のペニスが入ってしまったので。



不意に訪れた壮絶な快感に遥がビクビクと全身を痙攣させ耐えていると。




「は、ぁっ///やっと入ったな、じゃ‥動くぞ??」
「やっ?!だめ!!今動かれたら…わたしっ///」
「悪い、我慢出来そうに無い」
「ッ、はぅうううんんっ///」



ねっとりと甘く、優しく絡みつく暖かな膣壁の感触に耐え切れず大輝が大きく腰を振る。



其の度にズッ、ズッ。と柔らかな膣壁が擦れて




「ふあぁあっ///ら、らめっ!!きもちいいのぉっ」


自分の意思とは関係なく、ただひたすら与えられるだけの凄まじい快感に遥はあっさり負けてしまったのだ。





「どうだ、一週間振りの俺のちん×の味は」
「はぁんっ!!い、いいですぅっ///おまん×きゅんきゅんしちゃうのぉっ!!」
「ッ、ハハ///可愛い事言ってくれるじゃないか。なら…今日は出血大サービスといこうじゃないか―――」



そして、快楽に素直な遥の態度に嬉しさを覚えた大輝はそのまま乱暴に子宮口に己の逸物を何度も何度も突き立てては、壊れるくらい激しく抱いてやるのだった―――










「………またやっちまったな」
「‥‥‥すぅ」


それからどれくらいの時が経ったのだろうか。


己の欲望が尽き果てるまでしつこく遥を抱いてやった大輝は静かに嘆息を漏らすと



「でも遥が悪いんだぞ。何時まで経っても素直にならないから―――」


なんて責任転嫁してやったのだ。



本当は、もっと優しくしたいのに。

こんな風に半強姦まがいではなく、合意の上でセック/スをしたいと心の中では思っているのに。



其れなのに―――



「何時になったら。俺のモノになってくれるんだ??」


自分の居ぬ間に彼女が他の男に抱かれている。

そう考えるだけで大輝は発狂しそうになる程の強い嫉妬を覚えた。



だから、逢いに来る前は努めて優しく扱ってやろうといつも思っているのに。

いざ彼女を目の前にするとチリチリと胸を焦がす様な激しい焦燥が襲って来るから





「ダメだな。このままじゃ‥ホントに壊しちまいそうだ」


結局、欲望を。募る嫉妬心を抑えきれず激情に任せたセック/スに陥ってしまうのだ。



其れは頭で分かっていても抑制が効かない程の激しい感情だったので。





「早く俺を好きになってくれよ、遥。愛してるんだ、本当に―――」


すやすやと安らかな寝息を立ててひたすら眠る美しい彼女の手にそっと触れてみた大輝は

そのまま手を組み、ギュウッと力を篭めて握り締めては半開きになった彼女の唇に優しく口付けを落としてやるのだった。













それからまた数週間が過ぎ。

いつもの様に大輝が遥の元を訪れようとした瞬間だった。






「しつこい男は嫌われますぞ」
「!!」


愛車にキーを差し込んだと同時に聞き慣れた低い声が聞こえてきたので。



あーぁ、バレてたのか。

と、内心では苦々しく思いつつも




「酷いな。コレでも我慢してる方なんだぜ??ホントは毎日逢いに行きたいくらいなんだからさ」


ニコリと喰えない笑みを浮かべてみせた大輝はくるりと後ろを振り返ってサングラスのフレームを中指で押し上げてやった。



そうすれば




「成る程。確かに毎日通ったら其れこそ愛想を付かされそうですな。懸命な判断です」



大輝専属のボディガードであり、兼お目付け役でもあった熊田の姿が其処にはあった。



「ハハ、容赦無いな熊田は」
「どうせ打たれ強い貴方には何を言っても効果が無いでしょうがね」
「そんな事無いぞ。俺は意外と繊細でデリケートな心の持ち主なんだ。寧ろもうちょっと気を遣って欲しいくらいだね」


あはは、と茶化す大輝に対し

熊田は主人である男が娼婦にのめり込む事を余り良しとは思っていないようだった。



そんな、如何にも裏社会の人間。といった風貌の厳(いか)つい顔とゴツイ身体をしている熊田はしかし恋愛にまで口出しするつもりも無かったので




「まぁ仕事に支障が出ないくらいなら大目に見ましょう。ただし‥相手が傾国の美女にならなければ。の話ですが」



と、釘を刺す程度に留めてやったのだ。


だが、熊田のありがたーい忠告も大輝にとっては馬の耳に念仏なのか




「安心しろって。俺だってプライベートと仕事の分別くらい付いてるよ」

へらへらしながらまるでそんな事有り得ない。と言いたげに笑い飛ばしてしまったのだ。



コレには小姑。と大輝から比喩される熊田もすっかり怒る気を失ってしまい





「そうですか‥…」


としか言えなくなってしまったのだ。




しかし、大輝がいそいそと車に乗り込もうとすれば―――






「お待ち下さい」
「何だよ」


急に声を大にして引き止めたかと思うと



「私もお供しましょう。道中何があるか分かりませんから」


などと言い出したのだ。



其処で楽天家の大輝は一瞬断わろうかとも思ったのだが―――






「…‥んー、まぁいっか!!」


当然裏で汚い仕事に手を染めていた彼は各国の要人や暗殺者から命を狙われていたので。


用心に越した事は無いと判断したのか



「乗れよ。野郎二人でドライブってのは気に食わないけどな」


などと冗談を交えながらも結局は熊田を連れて行く事にしたのだ。




「…‥では失礼します」
「んじゃ出すぞ」
「いえ、私が運転します。貴方の運転は少々荒いですから」
「お前にだけは言われたくなかったな‥」


そして其の判断はすぐさま英断だと知る事になる。







何故なら―――











「…‥何だって?!遥が攫(さら)われた?!」


体質なのか

大輝は熊田から『トラブルメーカー』と呼ばれる程の問題児であり、実に間の悪い男でもあったからだ。




「あ、あぁ。今さっき、な」
「今さっきって‥何で遥なんだよ?!大体どうやって攫ったっていうんだ??」
「そ、其れは―――」


愛する女は既に忽然(こつぜん)と館から姿を消していた。



見た所屋敷に一切の被害は無さそうだ。

其れを踏まえるとどうやら館を襲撃され、無理矢理攫われた。という線は薄い。




と、なると考えられる可能性は二つ。


館の人間を買収。もしくは脅迫して、嫌がる彼女を無理矢理攫ったか。

或いは館の外で拉致されたかのどちらかしかない。




だが、基本的に親などに売られて雇われている娼婦に自由は殆ど無く

稀に外出が許可されても逃げ出さない様監視されているくらいだ。



其れが娼館のトップを張る女なら尚更である。




と、いう事はつまり。




「吐け。相手は誰だ??隠しても身の為にならないぜ。どうせロクでもない野郎なんだろ??」
「ぐっ‥‥…」



相当力のある人間が此の館を襲った、という事になる。

何せ上海一の看板娼婦を難なく攫ったくらいなのだから。




当然、愛する女を攫われて黙って見過ごせる程穏やかでは無かった大輝は受付の男の顎下にゴリリと拳銃を突き立て






「さぁ、顎から脳天ぶち抜かれたくなかったらさっさと教えろ。生憎俺は気が短いんでね、覚悟はいいか??」


などと言い出したのだ。



瞬間、男はゴクリと息を呑んだ。

大輝の青緑色の瞳は普段と違って暗い焔を宿している。



其れは明らかに躊躇いも無く人を殺せる様な、そんな血も涙も無い冷たい瞳だったので。




「わ、分かった!!教えるからっ///だから命だけは‥…!!」

恐怖で顔を強張らせた男は両手を振るとあっさり自白したのだ。




遥を攫った相手の名を。


そして、其の名に聞き覚えのあった大輝はニヤリと笑って




「熊田ぁ。これから敵陣に乗り込む事になるけど…覚悟はいいか??」

と、彼の忠誠心を試す様な口振りで聞いてやったのだ。



そうすれば、此の義理人情の塊の様に忠義に厚い男は平然とした様子で




「勿論です。どうせ止めろ、と言っても止める気も無いのでしょう??ならば地獄の果てまでお供させて頂きます」

と、顔色一つ変えずに答えるのだった―――
















其の頃、遥はというと。




「ほぅ、やはり噂に違わぬ美しさだなぁ」
「…‥‥」


憐れにも抵抗すら許されず、訳も分からないまま見知らぬ男の前に突き出されてしまった。





「貴方は誰??何の為に私を連れて来たの??」


しかも相手の男に遥は微塵(みじん)も見覚えが無かったので。


接点の無い自分を一体どんな目的で連れて来たのか単純に疑問を抱いた彼女がそう問えば





「決まっているだろう??私の女にする為だ」
「ッ///」


目の前に佇む、額に切り傷を残すスキンヘッドの厳つい男は平然とそう言ってのけたのだ。



だが、生憎こんな男に興味すら持てなかった遥はギュウッと唇を噛み締めては




「冗談でしょう??私はまだ借金も返済してないし‥貴方の妻になるなんて承諾した覚えは無いわよ!!」

と、突っぱねてやったのだ。



しかし、相手は性質の悪い事に中国マフィアの中でもダントツにあくどく狡賢い組織のボス『劉剛』だったので。




「お前の意思などどうでも良いのだ。重要なのは‥お前が美しいという事と‥私の子を産むに相応しい器かどうか。だけだ」
「ッ///」



何よ其れ!!

と、遥が叫びたくなる程理不尽な答えが返ってきたのだ。



其れでもマフィアのボスの妻になるなんて死んでもゴメンだ。と思った遥は




「冗談でしょ??そんなの‥こっちから願い下げだわ!!」

フン、とそっぽを向いてやったのだ。



そんな、気丈な遥の態度を甚(いた)く気に入ってしまった劉は―――







「其の強気な態度。気に入ったぞ」
「なっ///」
「ますます私の妻にしたくなった」
「や‥‥…!!」


彼女の腰に腕を回してはグッと力を篭めて抱き寄せてやったのだ。



瞬間、遥の華奢な身体は簡単に劉の胸の中にすっぽりと嵌(はま)ってしまったのだが





バシッ




「気安く触らないで頂戴!!」
「………‥‥貴様」

募る嫌悪感に耐え切れず、彼女はとうとう劉の頬を叩いてしまったのだ。



そして、人一倍プライドが高くて男尊女卑の傾向が強い祖国の精神に例外漏れず染まっていた劉は




「女の分際で調子に乗るなッ」
「きゃあっ///」


加減もせずに遥の頬をバシンと思い切り叩いてやったのだ。


瞬間、遥の身体は簡単に吹っ飛び床に叩きつけられてしまった。



ドンッ



「っ、う///」

鈍い痛みが側面に走る。


もしかしたら身体を床に打ち付けたせいで打撲した可能性もある。




其れほど劉の一撃は容赦が無く、強かったのだ。




そして



「まだ自分の置かれた立場が分かっていないようだな。なら‥其の美しい顔以外の部分に叩き込んでやろう」
「!!!!!」


バキボキと劉が拳を鳴らした瞬間だった。










「女に手ぇあげるなんざ‥男の風上にもおけねぇ屑野郎だな。お前」
「「ッ!!」」


バターン、とけたたましい音が響くと同時に。


扉を蹴破って登場した大輝がそんな第一声を放ったので。




「誰だ、貴様は!!」

人相の如何にも悪い顔立ちをしていた劉はますます其の顔を歪め、ギロリと思い切り大輝を睨み付けてみせた。




しかし―――




「生憎野郎に名乗る名前は持ち合わせちゃいねーよ」


フン。と鼻で笑った大輝に一蹴されたお陰で其の睨みも効力を失ってしまった。


代わりにビキビキとこめかみの血管が浮き出る程怒りに燃えた劉が





「殺せ!!其の男を早く殺せぇえっ!!」

と叫んで、傍に控える部下に命令したのだけれど―――







「上等!!」

余裕の笑みを零した大輝は、怯む所か嬉々として其の状況を受け入れたのだ。


まるでスリルを愉しむかの様に。




そんな、命知らずというか無謀と呼べる大輝の行動に対して遥は



「だめ!!逃げてぇええっ///」

と、叫ぶ事しか出来なかった。




何故なら相手は皆拳銃を所持し、見るからに体格も良く引き締まった肉体をしている。

恐らく戦闘訓練を受けた肉弾戦のプロフェッショナルなのだろう。



しかも一人では無く、数名待機していたので




「殺されちゃうわ!!私の事はいいからっ、早く!!」


遥は気が気でなく、無意識の内に彼の命を心配したのだ。


マフィアなんて皆死んでしまえば良いとさえ思っていたのにも関わらず。




其れでも―――





「任せとけって♪」
「ッ///」



大輝は一歩も引こうとしなかった。


当然、常ならばどてっ腹に風穴を開けられて肉塊となりミンチにされるのがオチだろう。



だがしかし。


大輝は違った。





「死ね!!侵入者めっ」


一人の男が大輝目掛けて殴り掛かって来たので。




「やだよ、美人薄命なんてゴメンだね」

ひょい、と驚異的な反射神経で難なく攻撃をかわした大輝がすかさず足払いを掛ける。



そうすれば、男の身体は簡単にぐらついて。


「あらよっと」



ついでに銃を構えた敵の姿を瞬時に捉えた大輝が男の身体を盾代わりに使ってやれば



「ッ、ぐああぁあああっ///」

ドンッ、という音と共に男の肩から数秒遅れで血の飛沫が噴き出して。



其の凄惨な光景を目の当たりにしてしまった遥が思わず目をギュッと瞑(つむ)って顔を逸らせば―――






「き、貴様!!よくも仲間をッ///」


興奮した男がもう一度銃を大輝に向けて来たので。




「俺のせいじゃなくててめぇが放ったんだろーが!!」
「ッ!?」


元々間合いが短かった為、直ぐに距離を詰めた大輝が撃つよりも早く其の銃に手を掛けてやれば。



「ッ、撃てない?!」

何故か引き金が引けず焦る男。



そんな男の顔を見て思わずニヤリと口元を緩めた大輝はこう言ってやったのだ。





「残念。リボルバーはシリンダーを押さえられたら撃てないから接近戦には向いてねぇんだよ、知らなかったのか??」


と。


そして其の隙に銃を取り上げガツンと一発、重い一撃を男の鳩尾(みぞおち)に食らわせてやれば。




「うぐぉおおおおっ///」


腹を抱えながら男はそのままずるずる其の場に蹲(うずくま)ってしまったのだ。



其処で容赦の無い大輝は間髪入れず




「お寝んねしてな!!」


と言ってグリップの部分で思い切りガンッ、と殴ってやったのだ。


そうすれば



「ぐはっ」


男は脳震盪(のうしんとう)を起こしてあっさり倒れてしまい。


其の鮮やかな手口に思わず劉の最後の部下が見惚れていると―――






「何をやっている!!早く殺せッ」
「!!!!!」


主人の怒鳴り声でハッとした部下が慌てて懐(ふところ)から銃を取り出しては




「くたばれ!!ジャップ(日本人の蔑称)」

と叫んで構えたのだが。







「…‥‥な、なにっ?!」


カチカチという音しかせず。

何故か弾が出ない事を不思議に思って男が焦り始めれば。




「オイオイ、お前仮にもSPだろ??」
「!!!!!」
「安全装置くらい外しとけってーの」


先程取り上げた拳銃のグリップ部分でやはり男の銃を握る手をガツンと叩いてやった大輝は



「うぎゃぁああああっ///」


そのまま男の指をバキッと折ってしまったのだ。



其の激痛に男が悶絶して其の場に崩れ落ちれば





「クソッ///」


一人残されてしまった劉が忌々しげに舌打ちし。



こうなったら。と懐に隠し持っていた銃に手を伸ばした瞬間だった。






「おせぇよ」
「ぬ‥‥…!!」


がちり。と


何時の間にか間合いを詰めた大輝が劉の額の傷にぴったりと銃口を押し付けて来たので。




思い掛けない大輝の反撃に微動だも出来なかった劉は悔しそうに目を伏せる事しか出来なかった。




そして思わぬ醜態(しゅうたい)に耐え切れず劉が



「……‥殺せ」


と言えば




「やだよ、めんどくせー。てゆうか俺は殺し目的でこんな所に来たんじゃねぇから」


などと言い出したので。



「ならば、何故‥‥??」


同じくマフィアであり

仕事上一時的に中国へ進出していた大輝にライバル心を燃やしていた劉は自分の命を奪わない大輝に対して純粋に驚いてみせた。



そして怪訝な表情で問うてみれば




「俺は遥が欲しかっただけだ。お前の命なんて興味ねぇよ」
「ッ―――」



迷う事無くそう言い切った大輝の一言に劉の顔がくしゃくしゃに歪んだ。





私の命があんな小娘にも劣るというのか?!

此の劉剛様だぞ??



そう、内心では心底腹立たしく思ったので。





「さぁ、行こうか遥」
「あ、で‥でもっ///」



余りにも恐ろしい出来事が目の前で起きて居た為放心していた遥の手を大輝が手に取った瞬間だった。







「だが其の甘さが命取りだったな!!」
「「!!」」


バッ、と勢い良く懐に忍ばせていた銃を握っては構える劉。


そして貰った!!と言わんばかりに高らかにそう叫んだのにも関わらず―――







「ぐぉおおっ?!」


ドンッ、と先に火を噴いたのは大輝の愛銃だった。




「だから言っただろ??おせぇって」
「くっ///」



同時にボトリ、と落ちる劉の指。

早く、そして異常な程精確な大輝の一発は劉の指に見事ヒットしたのだ。


最早神業である。




そして悪魔の様な所業を笑顔で難なくやってのけた本人はと言うと




「椅子に座って金数える事しか脳がねぇ癖に格好付けて銃なんぞ振り回してんじゃねーよ。ま、尤ももう二度と引き金は引けねーだろうけどな」


などと言って、さっさと遥を連れて其の場から離れてやったのだ。



まるで、彼女に手を出したら許さない。と見せしめで敢えて劉を生かす様に。







「お、おのれ許さんぞあの男おおおぉおおっ///」




そうして、また余計に敵を増やしてしまった大輝は愛しい女を連れて意気揚々と其の場を後にするのだった。


.

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ