「なぁ、ルシッドメリー」
「なーに??アリエトー」
此処はハーヴェストの居城にあるバルコニーであった。
其処から見える景色は何とも殺風景で、まるで無限に広がる森しか眺めるモノが無かったのだが。
「一つ聞いても良いか??」
「うん、いいよー」
へにょりと愛らしい笑みを浮かべたルシッドメリーの言葉に癒されたアリエトは、此の色気も無いバルコニーでこんな事を聞いてきたのだ。
「…‥其の、お前達は魔界一のおしどり夫婦だと聞くが///実際の所、どうなんだ??」
「へっ?!」
何故か顔を真っ赤にして他人の夫婦仲について詮索してきたアリエト。
其処で普通なら、何故そんな事を聞くのだろうと疑問を抱いても可笑しくないだろうに
「うーん、自分じゃ分かんないけど‥ルーとナーゼはとぉってもラブラブだよー///」
えへへ、と少し照れ臭そうに
しかし幸福そうにルシッドメリーが笑ってみせたので。
羨ましいなぁ。と心密かに思いながらも
「でも…喧嘩した事くらいあるだろう??」
と、続けてアリエトが探りを入れてみれば
「うん、そりゃあね。喧嘩くらいあるよ〜」
「!!!!!」
などと大して気にもしていない様子でルシッドメリーはあっさり認めてやったのだ。
しかし、誰が見ても鬱陶(うっとう)しいくらいの万年熱愛夫婦ぶりを見せ付けてくる二人に限って嘘だろう??と本気で驚いてしまったアリエトが
「お前達でも喧嘩するのか?!」
まるで信じられない。と言った様子で聞き返してきたので。
どうしてそんなに驚く必要があるのだろう??
と、悪気も無くただ純粋にそう思ったルシッドメリーはふふふ。と愉しげに笑っては
「そんなに信じられないならアリエトだけには教えてあげるね。ルーとナーゼの初めての喧嘩話しをッ♪」
実に嬉しそうな様子で二人の思い出話しを語り始めるのだった―――
『忘れる瞬間は鮮やかに』
其れはまだ二人が出逢って間もない頃の話だった―――
「ふ、不束者(ふつつかもの)ですが宜しくお願いしますっ///」
「…‥こ、此方こそ宜しく頼む///」
真っ赤な顔をして照れながらも挨拶を交わすのは邪竜族の王タンディウォナーゼと
かつて魔界を支配した皇竜ザハードの孫娘であるルシッドメリーであった。
「え、と‥とりあえず其処へ座ったら如何だろうか??」
「じゃ…じゃあお言葉に甘えて座らせて貰うねっ///」
座する事をこれから夫となる男に勧められ、ルシッドメリーは実にぎこちない様子ではあったが素直に椅子へと腰掛けてみせた。
そうすれば
「一目見た時から…貴方の事を良いと思っていた///」
「あ///」
ギュウッと両手を握られて緊張と焦りを覚えるルシッドメリー。
彼女はようやく年頃になったばかりだが、やけに過保護な祖父のせいで浮ついた話が何一つ無く大切に大切に育てられていた。
其れこそ玉の様に。
だからこんな事くらいで顔を真っ赤にして狼狽えてしまったのだが
「必ず幸せにすると約束する!!だから…私の妻になって欲しい」
「タンディウォナーゼ様…‥///」
「愛してるぞ、ルシッドメリー」
誰もがうっとりする様な甘いマスクと声色を持つタンディウォナーゼにそう口説かれたら、恋愛経験皆無のルシッドメリーなど一発で堕ちるしか無く
「はいっ///ルーも‥タンディウォナーゼ様の事を愛してます―――」
初心で純粋無垢だった彼女は、ゆっくりと目を閉じて近付く夫の口付けを黙って受け入れるのだった。
が―――
「さて、そろそろ寝ようか」
「!!」
本番はコレからだったのだ。
そう、口付けなどほんの前座に過ぎない。何せ電気を消してからが本当の大人の時間なのだから。
「狭くないか??」
「うん、へーきだよ」
「なら良かった」
ごそごそと二人一緒に布団の中へ潜る。
だが此処で問題が一つ。
「ど、どうしようっ///」
先程は深く考えもしなかったが。
しかし家族と一緒に寝た事さえ殆ど無かったルシッドメリーにとって、夫とベッドを共にする事は想像を絶する程の緊張だったのだ。
まさか他人と一緒に寝るなんて。
ましてや相手は自分の一族と敵対していた竜族の長なのだ。
其れだけでも何だか妙にソワソワして落ち着かないのに
「私、これからどうなっちゃうんだろ??」
こうして自分が結婚し、夫と共に寝るなど思いも寄らなかったルシッドメリーはバクバクと激しい鼓動を鳴らす己の心臓にそっと胸を当てて目を閉じてやった。
「タンディウォナーゼ様以外の邪竜族と上手くやっていけるのかなぁ??」
部屋の灯りを消して暗くしただけなのに何故か言い知れぬ不安が襲ってきて。
どうしたものか、と完全アウェーにやって来る形となったルシッドメリーが深い溜息をこっそり吐いた瞬間だった。
続きます