みじかいよみもの

□恐がりは
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それは、言えない。
言ってはいけない言葉。




《恐がりは》



「ねぇ、」


忘れた?
あと一押し。
もう少しで最奥へ自身の中心が辿り着く。
そんな時。
俺は抱いている女の子へ問うのだ。
女の子――桃ちゃんは、目を大きく見開いて悲しそうに顔を歪める。
苦しげにも見える表情は、此方までもその痛みが伝染(うつ)る。
しかし、俺は。
自分でも分かる程に嫌な笑みを浮かべて、一突き。


「っ!はっ…ぁ」


言葉に成らない声が小さな口から零れる。
きゅう、と思いの外強く締め上げられて果てそうになった。
誤魔化すように、はくはくと開閉する唇を貪る如く口付ける。
柔らかく、何故か甘みを感じるそれ。
桃ちゃんは名前の通り果実の様だ。
どこもかしこも甘くて、くらくらする。
湧き上がる興奮に快感。
時折零れる吐息すら、何か勿体なさが生まれる。
―がりっ―


「った…」


「ぁ、っ…ご、ごめっ」


舌に痛みを感じて…いや、感じた所で気付いた。
自分が夢中になっていた事と。
桃ちゃんが過呼吸かと思われる程、息を吸い込んでいる事に。
露になっている肩と胸が忙しなく上下していて、黒い瞳は不安定に揺れている。
流石に悪いと思い、抱き起こして背中をあやすように撫でた。


「ごめん、ゆっくり吐いて…そう」


耳元でか細くも必死な呼吸音が繰り返される。
どろりと堕ちる感覚は。
蜜のように甘美であり、澱のように濃くも醜い支配欲と独占欲。
言葉の通りに動くこの存在に対し、俺はどうにもならない事を想っている。
この子は、どうしたって自分のものにはならないのに。


「かん、え…も、…くんっ?」


「え?」


「だいじょう、ぶ…?」


息を呑む。
とは、こういう事なんだと生まれて初めて実感した。
見下げてくる眼差しはどこまでも澄み渡る空のように優しく。
頬に触れる両手は温かく目頭が熱くなる。
それなのに。
髪は乱れ、白い柔肌には紅い痕が花弁のように舞って。
つーっと流れ落ちる汗が艶かしく淫らだ。
純粋と妖艶が合わさって。
酷く、きれいだと思った。
この子は…いや。
この人は、こんなにもきれいだったか?
無性に腹立たしく思った。
何が?と白々しさを隠しもせず答えながら、温かい手を乱暴に掴む。
戸惑い、不安一杯な視線を無視して桃ちゃんの手を引っ張りながら腰を打ち付けた。
ぐちゅんっ。
いやらしい水音と甘い声が部屋に充満する。


「ははっ…すっごいね。最初はあんなに嫌がってたのにさ、今はこんなだもんね。先生にしてもらえなくて残念?それとも誰でもよかったのかな?」


「ち、がっ…!」


「違う?でもさ、好きでもない俺にこんな事されて、善がって…こんな淫乱な子、先生は軽蔑するよね?…ねぇ」


雛森君?
自分でもゾッとする位、低く冷たい声音で先生――桃ちゃんの想い人の声真似をした。
割りと似ているようで。
一番最初に桃ちゃんを抱いた時は、面白い程に大人しくなった、のに。
今日は違った。
泣き出しそうに下がっていた眉尻は上がって。
揺れていた瞳には揺るがない決意のような火が灯っている。
思わず怯んで掴んでいた手を離していた。
叩かれる。
瞬間、そんな予感が頭を過った。
覚悟した訳じゃない。
ただ避ける理由がなかっただけ。
ぎゅっと瞼を閉じて痛みを待った。
しかし、いくら待っても痛みはなく。
口に甘く柔らかなものが触れていた―――。




《恐がりは》
終わり
言ってはいけないなら、私は――
 

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