みじかいよみもの

□痛みよりも
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例えば、俺が普通の人なら…



《痛みよりも》



「神威さんが?」


そう声を上げたのは桃。
腕の中の彼女は、薄い毛布を体に巻き付けているだけ。
というなんとも大胆な格好で。
そういう自分もゆるく浴衣を引っ掛けているだけで。
なんで、って野暮な事は聞かないでほしい。
薄暗い部屋で男と女がする事なんて決まっているだろう。

貪るように求めて、求めて。
何度かの絶頂を感じ、それでも高鳴る衝動。
欲求のまま、欲望のまま。
伸ばした手を弱々しく握られたのは、ついさっき。

「もぅ…やぁ…」

蕩けた顔で、潤んだ瞳で。
そんな、誘うような甘い声で言われても…
熱くなる身体は正直で、頭の中が白くなる。
だけど、流石にやり過ぎだとは思ったから。
こうやって抱き締めているだけに留まっている。
桃はこんな風に触れるだけのスキンシップの方が好きだ。
首筋に頬を寄せ、何が楽しいのか俺の手をずっと弄っている。
俺はそんな桃から視線を逸らし、天井を見ていた。
こつり、と後ろ頭が背を預けていた壁に当たる。

呟いた言葉は、無意識に零れていた。
それに気付いた桃が、不思議そうにどうして?と聞いてきて。
しまった、と後悔した。


「なにか、あったんですか?」


じ、と大きな目が見つめてくる。
目は口ほどに物を言う。
とは、よく言ったものだ。
俺は桃の、この目に弱い。
本人に自覚がないから余計に質が悪い。
はぁ、と息を吐く。
あったのは、君なのに。


「…例えば、だよ」


「例えば?」


俺の言葉を繰り返す桃。
たったそれだけなのに、愛しいと思う。
柔らかな頬に手を滑らせ、そのまま後ろ頭に回す。
力を込め、引き寄せ唇を落とす。
額に、目に、頬に。


「ん…か、むい、さん?」


「たられば、はないって言うよね。今の立場じゃなかったら出会う事もなかった。でも…」


でも、俺はさ。
言葉を切って、一番柔らかく甘い場所に唇を重ねる。
触れるだけの、子供の口付け。
だけど、ゆっくりと重ねて、感じて。

ちゅ、と音を立てて放す。
ぺろり。
自分の口を舐めると甘く感じた。


「うん、やっぱりだ」


「ふぇ?」


一人で納得する俺。
桃は自分の口元を手で覆ってふるふると震えている。
今日が満月ならよかったのに。
きっと顔真っ赤なんだろうな。
もっとスゴい事、してるのに。
まぁ、こういった桃の反応は面白いからずっとこのままがいいと思う。
可愛い。
そう呟きながら、小さな体を抱き締めた。


「俺はさ、どんな立場になっても桃の事、好きになるよ。桃じゃないと可愛いって思わないし、傍に居てほしくないし、触れたいと思わないし」


「でも…出会えなかったら?」


「絶対、会うよ。逢いに行く」


自信というより、確信のような。
だって、考えられない。
俺が桃以外と一緒にいるなんて。


 
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