みじかいよみもの

□焦がれて 前編
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《焦がれて 前編》




「坂田さんっ」


は、とした。
視界一杯に映る心配そうな顔の女の子。
訳が分からず、軽く記憶喪失気分だ。
とりあえず、その子の名を呼ぶ。
すると、その子。
桃は安心したように顔を緩めた。


「…大丈夫、ですか?」


「んえ?」


何が、と声に出す前に透明なコップが差し出された。
あぁ、と唐突に状況を理解する。
ここは、行き付けの飲み屋だ。
で、俺はカウンターで酔い潰れて…
さっき…いや、かなり前なのか。
長谷川さんと来た時には客でごった返していた店内。
それが、嘘みたいにひっそりとしている。
大丈夫か?銀さん。
長谷川さんが言った最期の言葉。
いや、最期ではない。
俺の記憶の最後。
あのマダオが言う位、今日は自分でもピッチが早かった気がする。
ていうか、今日なのか?
グイッとコップの水を仰いだ。
瞬間、頭に鈍い痛みを感じる。
やっちまったなぁ、といつもの後悔を呟いてコップを置いた。


「もう店…閉店か?」


「はい。もうお酒はだめですよ」


「えぇー、今日は雛ちゃんに一回もお酌してもらってなかったのに〜」


「ふふ、乱菊さんとかネムさんにしてもらってたじゃないですか」


おどけて言うと、桃は控え目に笑った。
うわぁー、和むなぁ。
こんな、はにかむ様に笑う子なんて俺の周りに居ない。

ここは、女の子だけで経営している珍しい飲み屋。
女の子だけと言うが、すまいる等のホステスクラブとは趣向が違って。
この店は、ツレとゆったり飲み食い出来る場所。
酒も料理も美味くて結構な人気店だ。
桃は基本、料理を作っているから表にはあまり出てこない。
出てくるのは、日付が変わって以降。
酔いも程好くなり、眠気に微睡む位にひょこっと出てくる。
それで、"微睡み前の君"なんてファン達からは呼ばれているらしい。


「そういえば…雛ちゃん一人、か?」


「ぁ、長谷川さん、明日…もう今日ですね。面接だから先に帰るって…」


「あー、ううん。店の子達は?」


長谷川さんが面接なのは知ってた。
そもそもここに来たのは、前祝い?景気付けみたいなモンだったから。
俺が気になったのは、桃が一人でいる事だ。


「銀さん、殺されんじゃない?」


「ぇ、誰にですか?」


「誰、って、ね?」


きょとんとする桃に、俺は目を不自然に逸らした。
そして、答えの言葉を水と一緒に呑み込む。
ニヤリ。
頭の中でパツキンのチョー美人が笑った。
そりゃあもう眼福ものなんだが、目が全然笑ってないし、角が出てるし。
いや、魔王さま、確かに桃には癒してもらってるし、可愛いって思うけど違うんです。
僕は潔白、純粋なんですよ。
だって、考えて下さいって。
こんな真っ直ぐに見つめてくる女の子にナニか出来ますか?
出来ないでしょ。
男はみんな狼ですけどね。
銀さんにだって、理性はあるし常識もあります。
うん、ノープログレム。


 
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