ツイステ×ぐだ子

□何度でも
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《二度あれば》




「ショック…」


膝から崩れ落ち地面に踞る姿は、小柄な身体を更に小さく見せる。
零れた声もか細くて…どうにも落ち着かない。
雨が降りだしそうな空も手伝って、行き着いた洞窟内は空気が重かった。
払拭しようにも、誰も彼も状況が掴めてなくてどうしたらいいのか分からない。
アズールくんに至っては、自分より年下だろう赤毛くんに一人だけ担がれ運ばれて…
いや、的確な判断だった。
陸上部のデュースくん、バスケ部のエースくんですら息を切らせて付いて来ていたのだから。
あの鬱蒼とした森を走り抜けるだけの体力は、残念ながら彼の寮長にはない。
とは、言え。
激しく自尊心が削がれた事だろう。
加えて、もう一つ……いや、オレとフロイドくんとジャックくん以外は二つだ。
いつも一緒にいたトモダチが。
男として接していた相手が。
女の子で、しかも子持ち。
似たような顔をして固まる気持ちは分かる。
…………なんて。
客観的に分析しながら、己が胸中こそはと云えば。
言わない方がいいって言ったのに。
珍しく善意だけで忠告をしたのに。
と、やや不貞腐れていた。
フジマルくんが女の子だと知ったのは、食堂での出来事が切っ掛けだった。
アズールくんの怪しげな薬をフジマルくんが飲んで、飲んだ後。
この学園では有り得ない、有ってはいけないものの匂いが鼻を掠めた。
それは、ほんの一瞬で。
気のせいとも思える位に僅かで。
実際気のせいだと言い聞かせて、考えないようにしていた。
のに。
偶々一緒になった飛行術の授業である。
運動場をひたすら走る背中を示されながら指導を頼まれ、姿勢やらコツやらを教えて、その最中。
そんなに臭いですか?
割りと真面目に、真剣に聞かれた。
何が?と聞き返せばだって、と鼻を指差され漸く自覚する。
無意識だった。
あれ以降、会う度すれ違う度にひくひくと鼻を動かしていたらしい。
言い訳をするならば、忘れられなかったのだ。
あの、甘い匂いが。
そこに、なんの含みも有りはしない。
良い匂いがしたら嗅ぎたくなるのが人情と云うものだ。
が。
行動だけを顧みれば後輩の匂いを嗅ぐ変人そのもので…
焦った口は聞くつもりもなかった事を口走った。
言った後でのたうち回る位には後悔していた所に、届いた返答はこの上無く軽かったのだけど。


「おかあさん、だいじょうぶ?」


舌足らずな、高い声が響く。
銀髪にアイスブルーの瞳、ボロボロの布を纏った子供がフジマルくんに寄り添い声を掛けていた。
確率は限り無くゼロ。
しかし、ほんの少し考えていた聞き間違いの可能性が完全に消失する。
おかあさん――。
それに、その呼称に。
声を出せたのは、動く事が出来たのは、1年生二人組だった。


「リツカは結婚してたのか?!」


「そこじゃ、いや、そこもだけど!その前に!お前、お前…女?!普通にオレ等の前で着替えたりしてたじゃん?!」


ぎゃんぎゃんぎゃん。
反響する声が煩くて、耳が潰れそうだった。
フジマルくんに食って掛かる勢いで詰め寄る二人を見ながら、ちらりと隣を見る。
後ろにいる無言のレオナさんも気にはなるが…圧が強過ぎて振り返れないのだ。
動かした視線の先に居たのはジャックくんで。
瞬きもせずに、フジマルくんを見ていた。


「大丈夫ッスか?ジャックくん」


「え、あ、…っス」


息すらも忘れているかの様に微動だにしなかった後輩くんは呼び掛けに漸く動いた。
ビクッと耳を立てながら、しどろもどろに。
だけども、大丈夫だと頷く。
なんというか…凄く顔色が悪い。
いや、肌が健康的な褐色で分かりにくいのだけど。
表情が先ずもって硬い。
強張っていると言ってもいい位だ。
こう、罪悪感で自分を責めてる、みたいな…


「お前、知ってて草食動物を剥いたのか?」


どす。
そう鈍い音が付く程の低音に後ろから刺された。
反射的に二人して振り向けば、声と寸分違わずな様子の我等が寮長様がいて…本能がゾクリと背筋を戦慄かせた。
本気で怒っている。
正に蛇に睨まれた蛙状態だ。
…ライオンにハイエナに狼だけれど。
いやいや、そんな事どうでもいい!
怒っている理由、それが分からなければ対応のしようがない。
剥いた?一体なんの話だと、思考を走らせる…より前に隣から声が上がった。


「い、いえ!女だって事も、子供がいるのもさっき知りました!」


え?そうなの?
必死。
その字が見える位の勢いでジャックくんが言った答えに、更に疑問が飛び交う事になった。
フジマルくんが女の子だって知ったのもさっき?
じゃあ、一体…


「まぁ、女でも男でも無理矢理はねぇが」


「んん?…ん?!む、無理矢理って、ジャックくん、まさか」


「いやいやいや。そんなに彼を苛めないでおくれ。知らなかったとはいえ、女の子である立香君の柔肌を見たんだ。きっと真面目な彼は自責に苛まれている所だろう!しかも幼女が自分と同じ名前で呼ばれてる上にその子は立香君を母と呼ぶ…気になるよね!ん?お兄さんは誰かって?ふふん、君達を立香君の夢へご招待した花の魔術師さ」


気軽にマーリンお兄さんと呼んでくれても構わないよ!
突然。
話にも、物理的にも割って入ってきた者は高らかにそう宣った。
物腰柔らかく力の抜ける様な雰囲気を醸し出しながら、頭の先から爪先まで胡散臭い。
声の調子すらも軽薄で、と最悪な印象しか持てないその男は。
フジマルくんから殿を任されていた者だった。
いきなりの出現に驚き、身構えた、ら。


「マーリン」


いつの間にか、にっこり、と。
絵に描いたような笑顔のフジマルくんが仁王立ちをして近くに来ていた。
そういえば…なんて。
思い付く程度では決してない、どうして今まで気にも留めなかったのか…
知らない場所で、知らない顔をして、知らない誰かと話す彼女。
険悪さを出しながらも、それを上回る親密さが感じられる会話に立ち入る事が出来ない。
押せば倒れてしまいそうな見た目で。
意外と根性や体力があったり。
お人好しで。
騙されやすそうで。
食べるのが好きで。
と。
挙げればまだまだある彼女の特徴はしかし、現状の説明には成りえない。
すん。
吸い込んだ空気に混じる甘い匂い。
それには確かに魔力が宿っていた――――。



《二度あれば》
終わり
(やあやあ、マスター。狼王に叩かれたダメージからは立ち直ったのかい?)
(うっ…べ、別に気にしてないもん!…何ヵ月も会ってなかったから仕方ないしっ)
(折角の寄る辺を壊すようだけど。君が行方不明になってから、こちらではまだ一週間も経ってないよ?)
(……………………うそ)
(え、そんなにショック受ける?)
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