ツイステ×ぐだ子

□後ろの、
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《どちらが先か》




まだ空も白んでいない早朝。
刺すような寒さの空気の中、向かった先は暖炉だった。
久しぶりに帰った自分の寮だからか、グリムは起きそうになくて。
不在中ゴースト達がしてくれていた火の番は一人でする事にした。
火の妖精が舞う姿を堪能した後、帰路につこうと歩き出して暫く。
コツコツコツ。
自分の足音が誰もいない薄暗い廊下に響き渡る。
静かな校舎というのは、なんと言うか…
賑やかな日中を見慣れている為なのか、一度意識をしてしまうと胸の底に陰が落ちる。
あの影から巫女くの一が出てくるのではないか。
この先の曲がり角を行ったら青い炎を纏った愛に生きる少女がいたり…等々。
いや、二人が怖い訳ではないのだ。
本当に可愛くて可憐で素直で優しくて。
しかもとても頼りになる、大好きな二人だ。
…ただ。
黙って…というか、気配を消して付いて来たり、天井に潜んだりベッドの下に入り込んだりは本当に勘弁してほしい。
一緒にいるなら話したいし、何なら一緒に寝たい。
提案するも、その度此処で良いのですと断られ続けていて…
何の気なしに見た場所に誰かがいる――なんて。
最早繰り返される恐怖体験だ。
そして。
宛ら、お化け屋敷に入った時のような感覚を克服する為に選んだ方法が…


「ぴ、…ピピピピッピ ピグレット〜ララララブラブアイアイエー〜」


「なんだ、その変な歌は」


「うわぁああっ!」


声を出す――歌を歌う事だったのだが。
大魔女の愛らしい歌は自分にはお世辞にも似合わなくて。
恐怖より羞恥が上回るその刹那。
背後から外の寒さと大差無い声に襲われる。
元より走っていた心音が、更に速く大きくなった。
どっどっどっどっどっどっどっどっどっどっ。
胸を突き破らんばかりの鼓動に、手を当てながら振り向く。
通り過ぎた曲がり角――そこに薄暗さに同化出来ない黒髪があった。
うるさい。
耐える様に閉じられた眼が片方開き、咎める言葉に頭を小突かれて。


「お、はようございます、ジャミルさん」


「今小声にしてどうするんだ」


思わずそうしてしまった挨拶は。
やや呆れた様子で指摘され、はははと乾いた笑いを返すしかなかった。


「早起きですね」


「それは、君だろう」


「私は学園長からの頼まれ事で起きただけなので…ジャミルさんは何を?」


どうという質問ではなかった筈だ。
ただの、話の切っ掛けである。
好き嫌いとか。
現状の不満とか。
聖杯についてとか。
初めてマイルームに来た人へ聞いてきたものと大差無い、軽い話題だった筈…なのに。
どうして睨まれているのだろうか。
視線は巻き付いてくる様に力強く、斬り付ける様に鋭い。
なにか、してしまった?
疑問により傾いた視界。
その中心となる彼の人は、苦々しげに忌々しげに顔を歪めながらぽつりと答えを返してくれた。
独り言の如き声量のそれが、不貞腐れた子供のようで…
今しがたの攻撃的な視線をすっかりと忘れ笑ってしまった。
吐いた息と共に放った声は、決して。
決して、馬鹿にしている訳ではなく。
寧ろ好ましさすら感じた上でのものだ。
後ろめたさはない。
が。
ふ、と合った漆黒の瞳へ反射的に頭を下げる。


「いや、怒ってない。あぁ、しかし…そうだな、お詫びというか…これで差し引きゼロにしてくれるか?」


改めて捉えた顔には、言われた通り怒りは含まれていない。
不思議さに丸くなっている目元が意外だった。
無邪気さすら感じてしまうその表情に肩透かしを食いつつも。
続く問いに身構えて、


「君は、馬鹿なのか?」


「はい?」


「いや、馬鹿というか…危機意識がないのか?見た目以上に丈夫だし、体力はあるが…それ以上のものはない。あぁ…毒が効かないとか言っていたな。その為か?」


「え、と…」


差し引きゼロ。
貸し借りを無しに、という事だ。
抑揚のない話し方は穏やかさを感じる程だが、内容は辛辣。
事実であるし、言い返そうとも思わない。
ただ。
さっきの怒ってないは嘘だったのだ、と考え至るには充分過ぎる、のに。
何故だか、それは的外れな気がするし。
馬鹿なのかとの言葉と真っ直ぐに見据えてくる眼差しに何かが引っ掛かり、声が通り過ぎてしまった。
記憶のそれを何度か咀嚼する。
つまり、一人でいるのが不用心だと?


「君は魔法が使えないじゃないか。グリムがいないのに、俺を恐いと思わないのか?」


「魔法が使えないからグリムといる訳じゃ…それに、なんでジャミルさんを恐がるんですか?」


「……やっぱり馬鹿なのか?」


再び投げられた罵り。
被虐趣味はないので、嬉しいなどとは思わない。
台詞と顔が合わなすぎて、どう返して良いのかとは思う。
そして、またしても引っ掛かりを覚える。
真正面から人を見てくるのと、悪気皆無でズバズバ言ってくるこの感じ…


「グリムといるのは、学園長に言われたからか?」


「確かに監視するように、とは言われましたけど…好きだから一緒に、ぁああっ!」


かしゃん、と。
感じていた引っ掛かりが外れた心地だった。
もやもやと渦巻いていたものが無くなり、明るくなりだした辺りと同じく心に陽が差す。
すっきりした此方に反して、眼前の人は訳が分からないと云った様子だった。
今はその表情にも既視感を覚える。
そんな顔をした記憶はありません。
膠も無い授かりの英雄が頭の中でそう零した気がした。


「は!朝ごはん!ごめんなさい、ジャミルさん!またお話ししましょう!」


「あ、あぁ」


どんどんと明るくなってきた周囲に朝食の卵を採る事を思い出し、一方的に会話を断ち切った。
のに。
またな、と返された言葉は昇りつつある朝日のように優しくて。
立ち止まってしまいそうな足を動かすのに苦戦した。
…………数分後、この選択を後悔する事になるなんて。
今の自分は知る由もない――――。




《どちらが先か》
終わり
最早、その尺度は日常と掛け離れているというのに…。
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