ツイステ×ぐだ子

□誰か
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《ないものと》



「痛いよ?もの凄く」


でも、死なないから。
からりと笑った顔に無理矢理さは見受けられない。
普段の会話のように。
昼食の話をするように軽く。
死なない、と。
死と痛みを秤に掛けて言う。
飛行術の授業が終わり、片付けをした後。
ふと自分の手を見てみたら血が出ていた。
どこかで擦っただろう僅かな傷。
そのままにしても良かったのだが…
服に血が付いたら、と。
起こりうるであろう苦労を鑑み保健室へ来た、ら。
先客が居た。
右前腕部が真っ白い包帯で巻かれた、監督生――フジマルが。
錬金術の授業だったらしい。
フジマルは魔力がないから、何をするにも唯一の寮生と一緒だ。
まさか、グリムが?と思ったのを読んだのか。
保健室のベッドに腰掛けたままのそいつは自分が悪いのだと言う。


「ちょっと、色々一気に持ち過ぎちゃって。バランス崩した時に腕にばぁって、薬品が」


「それは、お前が悪い」


返す言葉もないです。
しゅんと、元から小さい体が更に小さくなった。
その些細な動きに周囲を覆う臭いが強くなり眉根が寄る。
治療の為の魔法薬と、血の臭い。
自分の負傷など搔き消えてしまう。
きっちりと巻かれた包帯の上からでは窺い知れないが…。
この充満する臭いから察するにかなりの傷だ。
それなのに、こいつは。
へらへら笑って、その上、こんな擦り傷を気遣う。
今大変なのはお前だろうが。


「痛み止めは?」


「痛み止めは…あんまり好きじゃないんだ」


「好き嫌いの問題じゃないだろう。って、置いてあるじゃないか」


ベッドの横――サイドテーブルに錠剤と硝子のピッチャーにコップがある。
きっと先生が置いていったのだ。
コップに水は入っているのに、飲んだ形跡は全くない。
痛いと感じているのに、どうして対処をしないんだ。
薬を取ろうとして、手を洗っていない事に気が付く。
近くにあった手洗い場で水を掛けると擦り傷に染みる。
こんな少しの傷でも痛いのに…。
戻る歩幅は自然と大きくなった。
首を傾げるフジマルに錠剤を指先で摘まんで、ずぃっと突き付ける。


「えーと、自分で飲めるよ?」


「飲まないだろ。今、飲め」


飲まない、なんて言わせない。
そういうつもりで、口元へ近付ける。
困った顔が嫌そうな顔へ変化した。
しかし、ここで引く訳にはいかない。
飲め。
無言で訴え続け、勝ったのは俺だった。
おずおずと開く唇の隙間に錠剤を乗せる。
口の中へ消えていったそれを認め、今度はコップを押し当てた。
ごくり。
上下した喉を見、音を拾い、漸く力が抜ける。
偉かったな。
触れた橙色は思った以上に柔らかく…って、何をやってるんだ俺は。
はた、と。
思い返した自分の言動にじわじわと首辺りから熱さが上がってくる。
きょとりと大きな目が見上げてきて、手を引っ込めるタイミングを失ってしまった。
かといって、さっきの様に撫でる事も出来ず…


「ジャックってお兄ちゃんみたい」


「まっ、あ…妹も弟もいるからな」


にこにこな笑顔に動揺は一切感じない。
なんだか、とても走り出したい衝動に駆られる。
そんな事は勿論出来ないのだけれど。
とにかく、手を離さなければと懸命に右手を動かした。
するり。
離れる瞬間指に絡んだ一房が何故だかとても恥ずかしいような心持ちになる。
感じたものを振り払いたくて、だけども手に残る感触は鮮明で。
どうにか話をしようとして、絞り出した言葉は在り来たりなものだった。


「傷、残らないといいが…」


女じゃあるまいし、とは思う。
何の薬品か本人も知らなそうなので、分からないが…。
触れただけで負傷する物だ。
広範囲のようだし、皮膚が爛れたりだとかしていたら痛々しい傷痕になるだろう。
このお人好しには似つかわしくない。
そう思った。


「大丈夫。私、元々傷だらけだし」


「…は、」


逸らしてしまっていた視線を戻す。
そこには、笑顔のままのフジマルがいた。
なに、を。
こいつは何を言った?


「お前っ、これどうした!」


息を呑んだ。
右腕の包帯ばかりに気をとられていたのか…
指先が黒くなっていた。
汚れている訳じゃない。
一時的なものでもない。
どうしたら、こんな風になる?
触れる指先は確かに温かい。
知覚もあれば、動きにも支障は無さそうだ。
だが、これは。
まるで呪いでもかれられたような…


「これ?前から、だけど…」


「前からって…一体、何をしたらこんな事になるんだ!左手は…この腕の傷は、誰に…なににやられた!」


「なん、だったかなぁ…?」


反対は、と手首を握った時に見えた傷痕。
それは細くてあまり目立っていなかったが、辿るように白衣と制服の袖を上げて背筋がぞくりと戦慄いた。
切れたのではない。
裂けた訳ではない。
なにか……そう。
大きな、なにかの、爪や牙にでも撫でられたような傷が腕を縦に線引いている。
他にも大小、原因も様々だろう傷が、たくさん…
首、肩に鎖骨…顔に傷がないのが不思議な程だ。
それらは塞がって大分月日が経ったように見える。
どうして、今まで気付かなかったのか。
確かにこいつは服を気崩したりしないし、運動着でも腕や足を出してなかった。
見ようと思わなければ知ることはないかもしれない。
しかし、右手は違う。
一目で分かる異常だ。
どうして、


「そうか…」


そういう意味だったんだ。
後頭部を不意打ちで殴られたような衝撃だった。
こいつは馬鹿が付くほどお人好しで。
甘過ぎる位に他人への情に厚い。
のに、自分を軽く考えているような節がある。
己が傷付く事は当たり前の様に振る舞うのだ。
それは無謀としか見えない。
だって、こいつは何の力も持っていない。
危険と分かっているのに。
ごく自然に、当然に…
それでも。
そうだとしても酷すぎる。
どうしたら、何をしていたら、こんな…一人の人間がなにかに傷付けられるのか。
受け止めきれず、呆然として――いたら。
いつもの調子の声が耳を刺激した。
遠くにいっていた意識を戻すと、眼下には少しも様子の変わらないフジマルがいた。


「そうだよね…いくら何でも、これスルーは出来ない」


ごめん、ジャック。
何故だか一人で納得して、何故だか謝って…
思う事も聞く事もあるのに、その顔を見ると口が動かなかった――し、


「こんな所で盛んな」


憧れの先輩の登場によって会話は断たれた。
サボりですか?レオナさん。
あ?今授業中じゃねーだろうが。昼寝だ昼寝。
くぁあと大きな欠伸をしたレオナ先輩は、宣言通り空いてるベッドへ向かっていく。
そういえば、ラギー先輩からレオナ先輩を見掛けたら午後の錬金術の授業は必ず出るように、と………
いや。
正直それは、今だけは。
今だけは、どうでもいい。
不機嫌な顔で発せられた台詞を噛み砕いて、噛み砕いて、噛み砕いた結果。
肩が丸見えの肌蹴たフジマルがいて。
自分はその襟元を掴んで、いた、わけ、で、―――。




《ないものと》
終わり
(リツカぁ!大丈夫か?!)
(え?あ、うん、大丈夫、なんだけど)
(なあ、今ジャックが…ゲ!)
(き、キングスカラー先輩っ)
(ちっ。うるせぇな、草食動物共が)
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