雑色

□second
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分かってはいる、解っては。
解ってはいても止められないし、止めようと思った事もない。
だから、


「あぁ、禁煙外来ですか」


ふわり、というよりはふうわりと微笑んだ男性。
細く長く吐いた煙と同じ灰色――いや、シルバーの髪を綺麗にセットしている。
なんというか…すっごい色気だ。
先日知った煙草の持ち方タイプで分けるなら、この人はクールなのだけれど。
こう…滲み出る色香?
整えられた口髭も素敵で、服装は気取らないのに絶妙な上品さがある。
うん、エモい。


「タバコを吸いませんって誓約書なんか書かされて…マジで何時代って感じで」


「ははぁ。それはそれは、苦行に近い…ん?確か手持ちの煙草は捨てさせられるのでは?」


「止める気なかったですもん」


吐き捨てるように返答をし、二本目のタバコを咥え火を着ける。
胸の内に溜まったモヤモヤを消し去りたくて、ゆっくり長く息を吸い込んだ。
靄を消したくて煙を吸う――なんという矛盾。
しかし、そんな否定的な思考とは裏腹に窓を開け放ち風が吹き抜けたかのような爽快感が身体を包む。
やっぱり、私に甘いタバコは合わない。
ガツンと喉にくる刺激と一瞬眩む視界。
神経毒による意識障害。
そう言ってしまえばそれまでで、心身に良いことなど一つもない。
それなのに、それだから――というべきか。
この感覚は無類なのだ。


「実績のためとかなんとか、本当にとばっちりでしたよ」


誰も患者が来ないから、職員から実績を見繕う――なんて。
管理者の勝手な事情で振り回されて…お金も取られるし、散々だ。


「それで、"きっかけ゛とはどういった経緯で?」


労うように苦笑をしながら教授―勝手にそう呼んでいる―が問い掛けてきた。
きっかけ。
喫煙のきっかけの事だ。
チンピラやリーマンにも聞いた事をダンディなこの人にもぶつけていた。
どうして、そんな事を聞くのか、と。
うん、改めて考えると馬鹿らしい。
馬鹿らしい、のだが…自分でもどうかとは思ってはいるが、一言で言ってしまえば悔しかったのだ。


「…別に、責められたとかじゃないんですよ」


前置きをしつつも、思い返した出来事は既に嫌な記憶としてカテゴリされている。
言う事を躊躇い逸らされた視線。
何とも複雑な表情。
それらが脳裏に浮かび、タバコを持つ指に力が入った。


「きっかけなんて、タバコに限らず小さな事で意外な事だったりしません?それが私はストレス解消で…チンピラは周りが吸ってたからって言ってたなぁ。あ!そういえば、煙を相手に吹き掛ける意味って知ってます?」


感じていた馬鹿らしさは、口に出すと更に増して。
聞いた事を後悔したぐらいだった。
急ハンドルも生易しい程の話題の切り換え。
違和感、わざとらしさしか感じない。
あぁ、こういうのをなんて言うんだっけ?
鴨ネギ?墓穴に入る?
分からないけど、もうとにかく話題を変えたかった。
こっちの事情を知ってか知らずか…いや、たぶん察されているだろう。
それでも知らぬフリをし逸らした話題に乗っかってくれた教授に心の中で感謝した。
内容はと言えば、チンピラから聞いたモノで大分不本意だったけれど。
アイツもたまには役に立つ。
自分は知りもしなかったけれど。
予想通りの返答があり流石、と感心した。
……のも束の間。


「えっ!同人誌読むんですか?!」


なんと、その知識のソースは同人誌なのだと。
どう見てもアラフィフ以上で上品の塊のような
この人から、そんな世俗的な言葉を聞こうとは…


「いいものですよ。原作にはない解釈が見れたり、こんな表現があるのかと驚きます。今は呪術廻戦が熱いです」


是非読んでみられては?
ニコニコと勧められるも、漫画自体を読まない自分には完全に関心の外で。
曖昧に笑い返し、最後の一吸い。
肺を巡り、頭を巡り、心中を巡り…
本当に、どうしてか、どうしようもなくホッとするのだ。
そんな効果なんかないのに。
逆プラセボ?なんだそれ。
自身の思考にハッと失笑してしまう。
もうやめよう。考えたって変わらないし変えようなんて思わないのだから。
吸殻を片付け、教授へ声を掛け、出口へ足を向けた。
出ていく瞬間。
背後から掛けられた言葉は静まった心に温かさをもたらした――――。





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そせぞれに、それぞれの理由も考えもあるから面白いし、楽しいんですよ。
 

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