雑色

□fast
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fast


「だからねぇ、」


おかしいと思うワケですよ。
芝居掛かっても大仰でもないのにその言葉は耳に張り付いた。
別段、聞こうと思ってはいなかった。寧ろその逆。
ああ、そうだ。有体に云ってしまえば、無視をしたかったし、実際していた。
今は他人の声など聞きたくもない。
こんな狭い空間では聞こえないフリは無理がある、等と云う正論すらにも殺意が過る程に。
雑音を通り越して騒音だ。
静かさを求めて来たというのに、とんだタイミングである。
…なんて、それこそ後悔は先に立たず。
無遠慮に視界へ入ってきたしたり顔。
握り拳を沈めそうになるのをグっと堪えやっとの思いで相槌を返した。


「……なにがですか?」


「いやいやコレですよ、コレ。この状況」


此方のなけなしの葛藤もどこ吹く風。
にかにかと何が楽しいのか上機嫌な返答は全くもって要領を得ない。
状況?今の状況に不満があるのは自分自身であるのだが?
今度こそ力を込めた拳、果たして。
幸、と言うべきだろう。
衝動は奇しくも声によって霧散した。


「げ、チンピラにリーマンだけか」


「お!ヤンママも一服?」


「ヤンママじゃねーって何回も言わすな!チンピラが!!」


「いや、そっちこそ。僕、チンピラ違いますって。どっからどう見ても好青年!」


きぃ。
外界との隔たりであるドアを開け、入ってきた第三者。
明るい髪に鋭い視線が特徴の女性だった。
騒音が二倍になったが、話題も視線も逸れた事に安堵し灰になるだけだった煙草を咥える。
深く息を吸い込む。
肺の隅々まで広がる感覚にすぅ、と頭の芯から冷えていく。
今しがたの騒音すらもう聞こえない。
あぁ、これこそを求めていたのだとゆっくり煙を吐き出した。
のに、


「ちょ、ひどっ!ひどくないっスか?!シャアさん?!」


ガクガクと肩を揺すられ心の静寂は一気に崩壊した。
これだけは言わせてほしい。
俺はシャアなんて名前でもないし、登場から不機嫌を撒き散らしている女性も、この白Yシャツ男も知り合いですらない。
不本意ながら、顔見知りではあるけれど。
間違ってもこんなテンションで話し掛けられる関係性ではない。


「リーマンとか更に期待薄なんだけど」


「いんやいんや!シャアさんにはすんごいカッケー理由があるハズ!」


んね?!
勝手に失望と期待の目を向けられても意味が分からない。
なんなんだ、一体?


「煙草を吸い始めたきっかけ?」


ぎゃーぎゃーと一人で煩いYシャツ男の、というより二人の会話を纏めるとこうだ。
―喫煙理由―
なんと、くだらない。
未だ肩をがっつり掴んでいる手を払い退け、煙を吸い込む。


「おお、そういえば、シャアさんはさんちゃんと同じ渋めタイプの持ち方っスよね〜」


「持ち方にタイプがあんの?」


「それがあるんスよ〜お客さんに教えて貰ったんスけど」


ほら、コレ。
秒も経たずにスマホを取り出した男は、頼んでもいないのに俺にも見えるようにある画像を示してくる。
全くもって興味が湧かない。


「あ、私ビューティだわ」


幾分か声調の軟化した彼女の反応にYシャツ男は僕もっスよと声を上げる。
本当に心底にどうでもいい。
視線を逸らすとバニラの甘い匂いが鼻を掠める。
他人の嗜好にどうこう言うつもりはないが、この手の匂いは苦手だ。


「あれ?ママさん、そんな甘ったるいタバコでした?」


「貰いモノ。捨てんのもったいないから。ていうか、アンタのお客ってそんな奴ばっかなの?この前も変な事聞いてなかった?」


「失礼なー。変わった子ではあるケド、悪い子じゃないっスよ。つか、違う!」


きっかけっスよ、きっかけ。
自分で脱線させた会話をセルフで修正してきた男は腹立たしい程にマイペースだ。
空気を読んだ上で、敢えてその逆に振り切るという質の悪さが見え隠れする。
……付き合ってられない。
残り僅かの煙草を一息で灰にし手放す。


「忘れました」


にっこりと営業スマイルを貼り付けてドアの取っ手を引いた―――。



fast
なんでシャアさんって?
社畜っぽいから。
社畜の"しゃ"と…あとはノリで!!
 

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