雑色

□然りとて
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「勿論心配ですが、先輩はいつでもどこでも諦めない方です。此方でやれる事もあります。いつ目覚められるか分かりませんから生命維持に存在証明の確認、筋力低下の防止に、」


それから、それから…
つらつらと聞かれてもいない事を並べていく擬似ザーヴァント――いや、マシュ・キリエライト。
その姿には、やはり人形の様だと感じていた面影はなかった。



《然りとて》



皆で食べた方がご飯は美味しい、らしい。
いくら拡張しているとは言え、限られたスペースに食堂を設ける程にその持論は浸透しているようで。
最初こそ部屋へ運ばれてきた食事も、フジマルにそこへ連れられてからは無くなった。
元々、食も細く味気無い非常食に食思が湧く筈もなく…
しかし、食事を摂らないなんて無精はする以前に出来なかった。
食べに行くよ!
毎食毎食、そうやって連れ出されたから。
しかし、気付けば朝の襲撃時間はとっくに過ぎ昼時と言っても差し障りなくて…
いや、約束なんか元よりしていない訳で。
気になんか、ならないのだけれど。
三食律儀に食べていたせいか、なんとなく腹が心許ない。
気紛れ、というか、仕方無しに、というか。
毎回子供の様に手を引かれて食事に行くのもおかしな話だし。
誰も居ない部屋に意気揚々と訪れたあいつの驚く顔を思い浮かべると少し笑えたから。
僕は初めて自分から食堂へ出向く事にした。
ザーヴァントはマスターの性格に引き摺られると聞いた事はあるが、逆もあるのかもしれない。
心外だわ。
他愛ない悪戯を仕掛けてきては、無邪気に微笑む皇女の楽しげな声が聞こえた気がした。
書き掛けのレポートを保存し、電源を落として部屋を出る。
なんだか静かだな、と思いながら目的地に着くと先客が数名居て。
そうか、立香がまた夢の中だもんな。
珍しがられた後、そうなんでもない様に言われた。
なんだ寝ているのか、と思った台詞の深意は少しして現れたキリエライトが口火で。
あいつが――フジマルが、目覚めないというのだ。


「本当に、起きないんだな…」


出来る事などない訳で、来る必要なんて無かったのに。
しかし、一向に進まないレポートを睨んでいてもどうにもならない。
と、思ったのは早かったが行動に移したのは遅かった。
既に消灯された通路をなるべく足音を立てずに進む。
向かった先はこれまた初めて来た場所だ。
すんなりと入れてしまった事に、色々思う所が有るのだが今は良しとしよう。
状態を観察する為だろう、若干暗くなっただけのその場所――部屋は自分の割り当てられたものと同じだった。
簡易な机と椅子。
机には端末と鏡に櫛、髪留めが乱雑に置いてある。
そして。
数少ない家具の中で一番幅を取っているその上にフジマルは居た。
点滴やよく分からないコードやらが無ければ、ただ寝ているだけに見える。
その姿が、なんというか…目新しく映って。
体がまるで油が足りていない様にぎぎぎっ、と鳴る。
いや、意識が無いのだから当たり前なのだけれど。
幸せそうにしていたと思えば顔を顰めたり、次の瞬間には驚いてたり、意地悪げに笑っていたり。
見る間にくるくると変わる表情は、飽きる事がなくて。
というか、一人で煩いし、落ち着きがないし、煩いし…
はじめて、まじまじと見たのだ。
突出した美しさがある訳ではない。
普通過ぎる程に普通。
それなのに、見ているとなんだかそわそわする。
きっと物珍しさに驚いているだけだと無理矢理逸らした視線の先に例のトランクがあった。
僅かながらに魔力の流れを感じ、キリエライトの言葉を思い出した。
夢の中で戦っている、と。


「なんで、お前、なんだろうな…」


返ってくる筈のない問いが口から零れた。
何度思ったかしれない。
どうして、この平凡で凡庸な少女が選ばれたのか。
どうして、僕じゃなかったのか。
どうして、僕は敗けたのか。
右手が伸びる。
この手で鼻と口を塞げば簡単に死ぬ。
たったそれだけの事で―――。
あの時――己の勝利が即ち世界を滅ぼすのだと知ったあの瞬間、こいつは止まった。
迷ったのではない、止まった―――止めたのだ。
いつでもどこでも諦めないと、キリエライトは言う。
あぁ、こいつはちょっとやそっとじゃあ諦めないだろう。
だが、諦めるのと止めるのは根本的に違う。
お前はあの時、止めてどう……


「…馬鹿か、僕は」


ずぶずぶと堕ちて行きそうになる思考を引き戻す。
それこそ寝ているこいつには答えようもない事じゃないか、と窘めて。
んぶっ。
伸ばした手をそのまま戻すのも癪だったので鼻の頭を弾くと可愛さの欠片もない声が上がる。
穏やかな顔が顰めっ面にもなって、思わず声を立てて笑ってしまった――――。




《然りとて》
終わり
―かしゃん!―
(か、カドックさん、まさか、そんな、カドックさんが寝ている先輩に、そんな)
(は!?い、いや、キリエライト、ち、違う、誤解だっ、ちょ、まっ、あ゛ーっ!)
 

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