雑色

□理解らないなら
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「もうバテたのか、マスター?」


いやに最後を強調して言われた気がした。
あぁ。
気のせいじゃない、事実だ。
これは嫌味、嫌がらせなんだろう。
汗で張り付く前髪を払い視線を返した。
まだやれる、馬鹿にするな。
此方としては精一杯の感情を込めた一睨み。
しかし、相手は口角を上げニヒルに笑むのだ。
女性だというのにその表情がやけに様になっている。


「そうこなくちゃな。まだまだ始まったばかりだぜ」


不敵なその台詞が合図の様にエネミーが出現した。
何度となく倒した敵が再び目の前に立ちはだかる。
舌打ちをしながら立ち上がり、数、配置を捉え指示を飛ばす。
命じた通りに動き、ワイバーンを切り刻むアサシンを認めながら思う。
何故、こんな事になったのか。



《理解らないなら》




「お前か」


声にか、気配にか。
とにかく、気付いて見上げた時にはナイフの様に鋭い視線に見下ろされていて。
既視感を覚える前に、誰だと身構える前に、襟を掴まれた。
そこで漸く抵抗らしい反応が追い付くものの相手には無に等しく、まるで荷物の様にズルズルと床を引き摺られていく。
理不尽だ。
見ず知らずの者に、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか。
いや、これが。
これこそが当然な対応だとすら思ってはいる。
が。
そうだと享受するにはあまりに訳が分からない。
何もしないのは退屈だろうとか。
オレも暇なんだとか。
食い込む襟を引っ張り返し発した問いは無視され、そんな断片的な発言のみが返ってくる。


「おっはよう!かど…りょう、ぎ、さん?」


いい加減、腹が立ってきたその時。
ドアの解錠音と共に底抜けの明るい声が飛んできた。
馬鹿みたいなニコニコ顔が戸惑いに歪む。
見なくても浮かんできたそれに、無理をしてまで振り向く気が失せた。
タイミング的にドアが開いたのは此方の退室と同時で、オレ女と顔を合わせたのだ。
やはりというか、当たり前というか。
コレはこいつの知り合い…いや、サーヴァント。
他に誰に見えるんだ?
不遜な物言いの中に、喜色が滲んでいて親密さによる戯れ言だと分かる。
こいつもこいつで、なんでとか言いながら喜んでいて。
なんとも仲睦まじい雰囲気が僕の存在を完全に無視した状態で形成されている。
そこに不満はない。
関係がないのだし、勝手にやってくれと思う。
ただし、是非とも僕が居ない所で。
襟を掴んでいる手が緩む事は無く、無様な格好のまま去る事も出来なくて。
情けなくも声を上げるという選択をする羽目になったのだが…。
おい。
凄んだ声は呻くそれと大差なかった。
人の聴覚とはよく出来てるモノで、音を選んで聞く。
同じ音量、それ以上の音源が遮ろうとも興味、関心のないモノを廃すのだ。
だから人は雑踏の中でも他人と会話が出来る。
つまり。
―雑音は、有っても無かったモノに成る―
はっ。
自嘲の声すらも自分で聞き取れない。
本当に、


「カドック?」


「っ、お、まえ、なん、で…」


「なんでって…おいって言ったでしょ?あ、両儀さん!服放して、服!」


金属の床のみの視界に鮮やかな橙が現れた。
目がチカチカする。
そうだ、目が痛いのだ。
綺麗だとか、そんな事は感じていない。
断じて。
早々に視界の外へ行ってしまったその色を追ったりなんてしていない。
断じて。


「大丈夫だろ、ちゃんと加減してるし。とにかく、借りてくぜ?元々、オレの日だろ?」


「う、ん?そう、?…」


口ごもり気遣わしげな視線を投げられても訳が分からない。
というか、こいつの目を見たくない。
逸らして俯いた僕は知るよしも無かった。
背後で意味深長な怪しい瞳が煌めいていた事など―――


「あ?オレは真っ当な英霊じゃないぜ?偉業なんか無いし。精々珍しい目を持ってるくらいだ。なんで現界を保ててるかって?さぁな」


結局、事情なんかは話されずにエネミーの前に放り出された訳で。
それからは連戦につぐ連戦。
シミュレーションでも土の感触や匂いなどの感覚は現実と然して変わりなく。
設備も物資も不十分だと聞いていたが、カルデアで受けていたものと遜色がない。
寧ろ再現度は向上していた。
ワイバーンにケンタウロス。
以前は同じパターンでしか攻撃してこなかったというのに…最早纏う敵意さえもリアルだ。
サーヴァントにしてもそう。
スキルは使ってくる、宝具も撃ってくる。
ただの模擬戦だというのに…と思わなくもないが。
これがあいつの経験してきたものなのだろう。
敵が味方に、味方が敵に。
そうして得られた情報からの再演。
正直キツイなんてものじゃない。
倒して、乗り越えても、同じ敵が目の前に現れる。
まるで区切りのない環の中をぐるぐると廻っているような途方もなさだ。
自明だが、辞めようと思えば止めれる。
シミュレーターから出ればいい。
入力されているフィールドは数キロ程。
撤退の訓練も兼ねて出口—―停止装置の場所はランダムで変わるようになっているが目印はあるし何ら難しい事はない。
が。
それを見るにつけアサシンが煽ってくるのだ。
戦闘前にその場所を確認するのは実戦に於いても必要で当然な行為、だというのに!
あいつなら一日中だってしていたとか。
あいつの方が根性あるだとか。
口を開けばそんな調子で、この数時間で耳に張り付く位には名前を聞いた。
…それに素直に煽られて反抗する自分も悪いのだけれど。
頭の中でこだまするその名は、口にすらした事がないというのに。
忌々しい限りだ。
話題を逸らそうと対話を試みるも返答はこの通り。
隙を埋める為の問いであったものの、魔術師として英霊の正体は気になる。
リョウギと呼ばれていた筈だか、見当が付かないのだ。
戦闘スタイルを観察しても同様だし、現界についても不可解ばかり。
加えて、手際よく素材を剥ぎ取っているその表情は無感情で何も汲み取れない。
己の現界理由、いや。
どうして存在しているのか。
それすらも分からない、知らない、というのか。
気にならないのか?
ならない。
抽象的な問いはバッサリと切り捨てられ二の句が継げなかった。


「さてと、なんとなく分かったし止めるか。マスターは限界そうだし。流石に、立香が心配してるだろうから」


「…心配だろうさ。自分のサーヴァントが、こんな裏切り者と一緒じゃ」


「はあ?オレの心配なんか、あいつがするかよ」


勝手に始めて、勝手に終わろうとしている仮契約者。
事実、もう立っている事も辛いから一向に構わない。
そもそもやりたかった訳でもないのだし。
しかし、振り回されている感は拭えない。
貴方の嫌味は自虐よね。
不貞腐れた胸中を吐き出すと、何時だったか彼の皇女に言われた台詞が再生された。
未だにその意味を推し測れずにいるのだが、今はそれより返されたものが引っ掛かる。
心配しない?では、一体何を…


「お喋りは終わりだ。ちょっとばかりピンチだぞ」


大して切迫した様子もなく紡がれたそれに首を傾げ、理解した時には目を疑った。
光が収束して、次なる敵の出現を知らせる。
繰り返しに見た光景の先にはアサシンの言う通り――否、ちょっとばかりなんてものじゃないピンチが現れていた。
今にも襲い掛かって来そうなデーモンに、不気味にのろのろと動いているナーガ達。
おかしい、ライダークラスしか出ない筈…
当惑する僕にやれやれと言った風な声が答える。
バグだな、たまにあるんだ、と。
冗談じゃない。


「落ち着けよ。まだ、サーヴァントは出てきてない。オレが引き付けるから、出口に走れ」


「落ち着くのは君だ、アサシン!」


意外そうに目を見開くアサシンを目端に追いやり、状況を見据える。
ナーガが五体、デーモンは一体。
出口はあれらの後方だ。


「君を過小評価する訳じゃないが、相性も悪いし敵の数も多い。僕が出口に辿り着く前に致命傷を負う可能性がある。霊基が保存されているとは言え、今消滅したらどうなるか分からないんだ。そんな一か八かはあいつを庇う時に取って置け」


「…ふーん。じゃあ、どうするんだ」


マスター。
そう呼ぶアサシンの声質が変わったような気がしたが、構っている余裕はない。
デーモンが突進してきた。
もう在りはしないのに、右手を振り上げ命じる。


「宝具展開!デーモンに放ったら、そのまま走り抜ける!」


「わかった。あぁ、そうだ。さっきの質問な、」


敵に向けていた目をわざわざ此方に向け何かを言ってきたアサシンの声が、僕には聞き取れない。
聞き返そうにも、ふわりと横切った白いものに意識が持っていかれた。
こんな時にと思うのに、目が離せない。


「夢の――――終わりね」


真綿の様な声が響き、辺りが白に包まれる。
ちらちらと空を舞うそれはあの世界で見慣れた雪ではなく、真っ白な花弁だった。
いつの間にか、アサシンの着物は周りに同化するような純白で。
振り下ろされた手にはナイフではなく、刀が握られていた。


「ねぇ、マスターさん?」


エネミー達は瞬きもしない内に消えていた。
草原と青空のあったフィールドは、まだ白いまま。
振り返ったアサシンがゆっくりと近付いてくる。
柔らかな視線、穏やかな口調、まるで別人だ。
緩やかに弧を描いていた唇が静かに動く――時にはもう相手は眼前で。
無造作に手にしていた刀が、ひたりと首筋に当てられた。
包まれた針を見付けた心地である。
全身から警告が発せられているのに、指先一つ動かせない。
儚い、消え入りそうな音が告げる。
私、あなたを消したいわ、と。
あぁ、そうだろうな。
驚く程に静かな心持ちで頷く自分が居た―――。


「なにしてるんだ…」


「…ごめん」


床に伏したまま謝る姿は小さくて。
周囲に散らばる物の多さに、子供の様な必死さが垣間見えた。
どうも、派手に転けたらしい。
痛いのかふるふると震えている。
さっき…と、果たしてそう言っていいのか不明だが。
とにかく、記憶の途切れる瞬間からから一転した気の抜けたそれに釣られた。
口元が知らず緩む。
気付いたのだ。
いや…本当は知っていた。
同じ、なんだと。 
知っていて、漸く…
痛む体をなんとか動かし身を起こす。
ぷちぷちと切れていく様な痛みを、ベッドが硬くて良かったなんてどうでもいい考えで紛らわした。
まだ動こうとしない小さな背中を見下ろし、想う。
十分に悲しんで、苦しんだ、か。
途切れる刹那に聞いた音は、果たして――。


「消えたく、ないよな」


「え?」


「いや。ありがとう…………フジマル」


痛い?湿布あるよ。飲み物も!熱は?
復活したのか。
鼻の頭を赤くさせながら、いつもの様に忙しなく矢継ぎ早に話し掛けてくる彼女。
眩しい程の瞳を、漸く認められた気がする。
どうにか言えた最後の音を満面の笑みが迎えていた―――。




《理解らないなら》
終わり
(マシュー!カドックがデレた!)
(お前っ、このっ、そういうとこだぞ!)
 

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