雑色

□裏は表、表は裏
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《裏は表、表は裏》



「簡単ですよ?」


触れただけで溶けていきましたもの。
何時からそこに居たのか。
どうやって現れたのか。
それらを答えるつもりは無いらしい。
尼僧服を纏い妖しい笑みを浮かべる人物――いや、化け物は戸惑う此方を置き去りに愉しげに話す。


「それはもう、砂の城を崩す様に。肉が、私の触れた部分からどろどろと。ふふっ、マスターのお顔もそれはそれは好いものでしたが…庇われた羽虫の酷い顔ったら…あぁ、私、昂ってまいりました。あった筈の事象。無い筈の記憶…いえ、記録でしたね。うふふっ、実現したいところですが、私は獣ではなくあの方の僕ですし…なにを呆けた顔をなさっているんです?貴方の願望のお話ですが?」


「願望?」


「えぇ、私のマスターを殺したいのでしょう?」


どくり。
心臓が戦慄いた。
言われた台詞、それが指し示す事柄に先程の夢がフラッシュバックする。
血塗れで倒れている少女。
その返り血を浴びる自分。
藤 丸 立 香 を 殺 し た い の か?


「憎いのでしょう?」


「っ、!」


音も無く目の前に移動してきたモノ。
整った顔はいっそ不気味で。
漂う雰囲気は何もを赦す甘ささえ含んでいるのに身動きが取れない。
細い指先に顎を捕らえられた。


「貴方の全てを奪った少女。貴方の栄誉、貴方の存在意義、貴方の唯一味方であったサーヴァントを殺した私のマスター。何故苦しむのです?快楽に身を委ねれば良いのですよ?」


「なーにが、快楽に、ですか。無かった事にしますよっ」


空気に圧迫死されると思った。
どうしてか動きの止まった化け物から逃れるべく寝台から飛び退く。
はぁ、と思いの外大きな呼気に息をしていなかったのだと自覚した。
しっかりしろ。
胸元をぎゅっと掴み周囲を見回す。
意外にも声だけの主は瞬時に分かった。


「あら、何故貴女がここに?」


「それはこっちのセリフです!何をネタバレしてるんですかぁ?!ほらほらさっさと戻りますよ。これ以上はセンパイに影響がでますから」


まぁ残念、と全く残念がってもいない声音で呟く化け物は姿を消した。
そして、見届けたのは自分だけではない。
藤色の髪が空を舞った。
あ、そうそう。
にっこりと音が付きそうな程の笑みを浮かべて軽やかに切り出したのは。
最早、脅し以外のなにものでもなく…
暗転――。
次に目覚めた時、僕は部屋から飛び出していた。
何が夢で、何処からが夢か分からなかった。
手に残る感触は生々しく、触れられた顎は何の感覚すらない。
言われた事は身の内に巣食っていたモノで図星だったのだ。
許せない、許す事なんか出来ない。
しかしだけど、と続く背反する感情が確かにあって。
だが、それすらも自分には許しがたい。
纏まらない思考と感情。
四肢がバラバラになっていく様な不安感。
何事かと驚く彼の少女。
その間抜けな顔に安堵したのは、夢ではなくて。
どうしようもなく、死にたくなった―――。




《裏は表、表は裏》
終わり
(このお話、忘れてくださいね。まぁ、忘れるのは難しくともセンパイや況してあの探偵さんに話したりなんかしたら…私の折角の手間暇が台無しになっちゃうので。そうですねぇ…もし、口がツルっと滑っちゃったりしたら悪夢を正夢にしちゃいましょうか☆)
 

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