雑色

□調子に乗ってはいけません
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「あの子には私は視えないだろうから」


話を合わせておいてね。
語尾はもう、囁く様な小ささで。
たおやかに微笑む「 」はすぅ、と…




《調子に乗ってはいけません》




「今、わた、…オレが居なかった?」


シュン、と機械的な音と共に現れた両儀さん。
驚いた顔は訝しげに歪み、次いで馬鹿らしいと。
呆れた表情になった。
幽霊を視るなんて、と。
疲れてるんだな、と。
真っ直ぐ此方に向かってくる為、伸ばしていた足を縮こませるとボスン。
身構えていた衝撃が伝わった。
両儀さんは靴と赤い上着を脱ぎ私の横で大の字になる。
裾が捲り上がり白く細いお御足が晒されて。
ばらばらと散る髪にも頓着しない。
着物を纏っていると云うのに、その行動はとても大胆で乱暴だ。
いや、寧ろこれは着慣れているからこそなのだろう。
自分が着物を着た数少ない記憶では、こんな風に出来なかった。
身に付けている、というより服に着られている感。
即ち似合っていないのだ。
その点、両儀さんはしっかりと着る着られる関係が成り立っている。
うん、とても羨ましい。


「疲れてますか?」


「まぁ…退屈よりはいいよ。トウコの事務所じゃあるまいし」


なんというか、言ったら怒られそうだけれど。
伸びをした両儀さんは猫に見えた。
黒猫だ、黒猫が隣に居る。
にやけてしまう口元を端末で隠しつつ堪えて、何とか話を繋げる。


「そっか。ふむ、トウコさんか…会ってみたいなぁ」


「はぁ?止めろ止めろ。お前、あいつと同類だからトウコにこき使われるぜ?それより、明日はどうするんだ?」


「あ、明日はね。あれを取りに行きたいから両儀さんと…」


端末を下げ、明日の編成を示すと。
太股辺りに肘が乗り、その上に顎を置いて両儀さんは居座ってしまった。
正に猫が膝に乗ってきた感覚!
眼下にある頭を撫でたい衝動が瞬時に駆け巡った。
ざくざくと、まるでナイフで切り刻んだ様な髪型なのに。
自分よりよっぽどさらさらで艶々な髪。
きっとCMの女優さんよろしく、指通り滑らかでふわふわで…


「遠慮せず撫でてあげて?マスター」


「はぇ?!」


「っ、と。なんだよ、マスター」


「え?あ、ううん!ごめんごめん。えと、でね、ここ、なんだけど…どうかな?」


「あ?んー…そうだな」


適当に挙げた相談事に両儀さんは真剣に考えてくれる。
その姿にほっと胸を撫で下ろし、左に視線を向けた。


「まぁ、そんなに怖い顔をしないで?言ったでしょう、この子に私は視えない。声も今はマスターにしか聞こえていない」


ね、当然でしょう?
くすくす。
どこまでも上品に笑う「 」である式さん。
式さんは私の肩に背を預けてきた。
両側を同じ顔に挟まれ、なんだか不思議な図である。
両儀さんには気付かれない様に恨めしげに睨んだままでいると楽しげな声が尚も促す。
撫でてあげて、と。
どういう事かと問おうにも、それをすれば先程の二の舞で。
結果、口をもごもごと動かすのみになってしまった。
のに、式さんは問いの答えを返す。
いや、答えであって答えじゃない。
意味のないもやもやした話し方。
つまり、いつもの式さんな訳なのだけれど。


「この子、分かり易いんだから。大丈夫、怒ったとしても仔猫に引っ掛かれた程度だわ。笑いの種よ。あぁ、そうね、それでも踏ん切りがつかないのなら労いの気持ちでしてみたらどうかしら?疲れているのは本当だし」


ね?
うん、なんとしても撫でさせたいようだ。
それだけは伝わってきた。
しかし…。
これはこう、あれはこう、と未だ真摯に考えてくれている両儀さん。
そのつむじを見る。
撫でてみたい気持ちは変わらない。
賛同の声も、誰あろう殆ど本人の様な者から得られた訳で。
しかも、労う気持ちも吝かではない。
ではない、のだがっ!
如何せん意識してしまっては、自然に手が出せない。
ん?何だか表現がおかしいな。


「おい」


「え、あ、なに?」


「なに、はこっちの台詞だ。この手はなんだ?」


じろり。
鋭い目が下から向かってきた。
図らずも膝枕している状態にいつの間にかなっていて。
しかも、これ見よがしに彷徨っていた手を掴まれ。
実際にも精神的にも追い詰められた。
いや何も。
嘘だろ。
誤魔化そうにも、そうバッサリ切り伏せられて。
その上、隣から観念なさい、等と追い撃ちをかけられては口を割るより他無かった。


「えーと、両儀さんの髪、綺麗だなぁって。ちょっと触りたくなって」


流石に頭を撫でたくてとは言えず、思っていた半分を伝えて気恥ずかしさに無理矢理明るく笑う。
あぁ、もう誰か私を笑ってくれ!


「別にいいぜ。減るもんじゃなし」


「そうだよね、気持ち悪いマスターでごめ…ん?」


心の中で、煩悩の塊をサンドバッグにしていると空耳が聞こえた気がした。
別にいい、とな?
目を点にしていると掴まれていた手が両儀さんのつむじの上に置かれた。


「髪を触ったぐらいで怒らないって。それより、オレの話聞けよ?」


そう言って少女のように笑った顔がとても―――…





《調子に乗ってはいけません》
終わり
(先輩。その傷はどうされたんですか?)
(うん…仔猫にね。髪を弄ってリボンとかで結んだら引っ掛かれた)
(仔猫?髪?フォウさんの事ですか?)
 

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