雑色

□言葉で遊び
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ぶつり。
何をされたのか、理解するのに一拍。
感じて、見て、分かっている筈なのに頭が追い付かない。
じわじわと赤く染まっていく服。
ぐちゅり、ぐちゃり。
体の内からそんな音が響く毎に、入ってくる映像と感覚が合わさっていく。
少女と言うには妖しげな雰囲気を纏う鬼が嗤った。
初めて?
こんな事、二度も三度もあって堪るか。
逃げる事は出来ない。
出来ていたら、とっくの昔にしている。
抵抗すらも出来ない私は差し出された着物の袖を噛み、鬼の華奢な背にしがみつくしかなかった。




《言葉で遊び》



「なんやのん、あんたはん。別のうちとそないえぇ仲になったん?」


妬けるわぁ。
ぷぅ、と柔らかそうな頬を膨らました鬼はそう告げてきた。
拗ねた様子でベッドの上で寝そべるその姿を鏡越しで一瞥する。
うん。
私の鬼はそう言うだろうと思った。
こんな可愛らしい仕草は予想外だが。
乾かした髪よりからからな、申し訳程度の笑みを返す。
深くは聞かない。
何を以て良い仲なのか分からないし、解りたくない。


「なに笑うてるん?うちは怒ってるんよ?」


すぅ、と背後に音もなく現れた鬼――酒呑童子。
流石アサシンと感心する前につぅ、と手を撫でられ櫛を取り上げられた。


「ん?髪梳いてくれるの?」


「えぇ、致しましょ。うちはあんたはんのもんやし、あんたはんはうちのもんです」


うちのもんは綺麗に致しましょ。
突っぱねた物言いの割りに髪に触れる手は優しげで。
今度は笑いが声に成った。


「はぁ…ほんに、うち健気やわぁ。聞けばあの小鬼に血ぃ吸わせたとか。うちかてまだやのに」


「必要ないでしょ?」


「そらそやけど。これは嗜好の問題。それにあんたはんの初めて、欲しかったわぁ」


文句の様な恨み節を呟きながら手はするすると動いていく。
ものの数秒でぼわぼわとしていた髪に天使の輪が現れた。
使う者の差でこんなにも変わるのかと、さらさらになった己の髪に感動を覚える。
うん、物騒な台詞なんて聞かなかった。
華麗に知らんぷりを決め込んで礼を言おうと後ろを見ようとした、のに。
髪を触れていた手が、膝の上の手を掬い上げ絡めてきて。
そして、腹部に温かな感覚。
小さな口が耳元で動く。
なぁ?
ぞっ、とする様な色香を纏う声。
これの半分でも自分は色と云うものを身に付けられるのだろうか。
…無理な気がする。
自身の評価に落ち込んでいると、不意にちくりと痛みを感じた。
どう、されたん?
問われ鏡越しに射抜かれる。
まるで責められているよう。
いや、まるでなどと生温い。
正真正銘責められている。
怒っている、というのは本当らしい。


「思い出したくないなぁ…というか、痛いしか覚えてないよ」


「そらあかんわぁ。別物とは云えうちともあろうもんが。半端に気ぃ遣らされたん?そりゃあしんどかったなぁ」


大仰に眉尻を下げるも、瞳には苛烈なまでの感情が宿っている。
もう一層の事、殺意と言って差し障りのない不穏さ。
痛みを感じた場所は腹部で、そこにあるのは彼女の手。
否応無く想起してしまう。
あの、洞窟での事を。
正に視線すらが凶器。
体感的には一度殺(や)られた心地だ。
しかし、それでも――…。


「式鬼としては、よろしい信頼やけど…あぁ、うぅん…いや。狐男を名乗るお人が出たらしいしねぇ。まぁ、」


無駄やねぇ。
緩められた目元。
霧散された圧力。
からかうような、全てが本気のような。
いつもの彼女が戻ってきた。
が、未だ身動き一つ許されない状況は継続中で。
しかし、それでも。
そう…それでも、確信があるのだ。
まだ大丈夫だと。
彼女の言うような信頼の気持ちは勿論ある。
だが、これとそれは違う次元の話で。


「分かってるつもりなんだけどなぁ」


「へぇ…なら、うちにもやらせてくれるん?」


「痛かったから、やだ」


「そやったら痛くなかったらいいんやね」


曲解も甚だしいのに、それはもう嬉しそうに笑うものだから質が悪い。
なんにでも頷いてしまいそうだ。
いや、決して許可を出す事はないのだけど。
ただ、あの痛みしか伴わない行為を変える術がある様に言うものだから。
気になって。


「うちがすれば、痛みもよぅなるわ」


「えー…本当にござるか?」


「ふふ。知りたいんなら、はよぅ堕ちてきぃ」


「落ちるのは懲り懲り。ゆっくり降ろしてください」


きょとり。
目を僅かに開き、そんな音が付きそうな表情をした鬼。
いつもの妖艶さが消え失せた、子供の様な反応はそのまま邪気の無い笑いに繋がった。
やっぱりあんたはん、面白いわぁ。
するりと頬を撫でられながら、私は今日も命拾いをしたと息を吐いた―――。





《言葉で遊び》
言葉で惹き付け、繋ぎ止めて。
 

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