雑色

□思い出して、見つめて
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色々な英霊に会ってきた。
英雄と一括りには出来ない程にそれはもうたくさんの。
完璧な英雄と言い伝えられている人が、実は悪戯好きだったり。
反英霊と呼ばれる人達の、意外に可愛い一面を知れたり。
魔術の技術も知識も未熟な自分だが、それだけは。
その出合いと経験だけは誇れる部分で。
最初のサーヴァント――いや、我が自慢の後輩に言わせればそれだけではないらしいが…この際、置いておこう。
何が言いたいのかという話だ。
とにもかくにも自分は、多くの人、はたまた神と呼ばれる存在に出合ってきた。
大概の事は経験してきたという自負がある。
しかし、目の前で珈琲を味わう幼女の発言にそれはあっさりと覆された。


「…………」


「マスター。私の知識に間違いがなければ、サーヴァントは風邪など引かない筈だが?」


あ、はい。
無言で冷えピタを取り出せば、射殺さんばかりの視線が返ってきた。
大人顔負けの一瞥である。
金髪碧眼、透き通る様な白い肌。
お人形さんの様な容姿の彼女はクラス アヴェンジャー、真名は不明…というか、未だにどんな英雄かさえよく分かっていない。
彼女は異世界の軍人だ。
ショタな童話作家も居れば、異世界の剣豪も居るので。
そんな事もあるかと、特に詮索もせず口を噤む彼女を受け入れ早一週間。
いや、語弊がある。
無口という訳では決してない。
幼女らしからぬ弁舌にしてその饒舌さは、変態船長を黙らせる程だ。
ほぼ理解出来ないその弁に置いてけぼりは常で。
だから。
少し話せるか?とお茶に誘われた時は渡りに船だった。
で?
話していた訳だけれど?
何やら某名探偵の様な言葉を聞いた気がする。
見た目は幼女、頭脳はおっさん、みたいな…。
なんだ分かっているじゃないか。
言ってニヒルに笑むその表情は、なるほどやさぐれたサラリーマンそのものに見えた。
そう。
このアヴェンジャーは自分が。
自分の中身は日本人でサラリーマンだと言ったのだ。


「死してのちの帰還…因果な話だ。しかも、こちらにも魔術、況して人理の修復などと云う事象が在ったとは」


「自分で跳んだのでは?」


「冗談にしても笑えないぞ、マスター?私はごくごく一般の庶民だった」


それを、あの存在Xが―。
カップを握り潰さんばかりに、紅葉の様な手に力を込めるアヴェンジャー。
存在Xとは所謂神なのだそうだ。
戦闘時、神へ言葉を捧げている割にファラオや女神様、聖人・聖女を睨む、何かにつけて突っ掛かる等々…
アヴェンジャーなのだし、そんな事もあるかと軽く考えていたが。
まさか。
例えや比喩でなく、言葉通り文字通りに神という者に恨みがあったとは。
ふむ…しかし……


「はっ!我がマスターもメソポタミアの甘やかされ女神と同じ事を言うか。元来の素質?波長が合う?そんな事あってたまるか」


器がなければ、力はそもそも扱えない。
そして、憑依やら合体やらには相性があるらしい。
甘やかされ女神――もとい疑似サーヴァント状態のイシュタル。
その女神との関わりで知り得た知識だ。
むっすりとしてしまったアヴェンジャーには悪いが…そういう事なのだろう。
なんたって、女神様の慧眼。
だいたい、多分、恐らく合っている。


「まぁ、それはどうでもいいのだ」


聞かれたら天舟マアンナで追突されそうな事を胸中で呟けば、またしても衝撃的な発言。
自身の正体がどうでもいい?
目を見開く此方を余所に、アヴェンジャーは本題を切り出した。




《思い出して、見つめて》




たまに、夢を見る。
自分の夢を見るのではなく、契約を交わした英霊のものに迷い込む形で。
夢というよりは記憶の再生にも似ているそれは個人的に勘弁してもらいたい現象だ。
いや、マスターとしてサーヴァントを知る事は責務である。
レイシフトもせず、様々な場所・時代へ行ける事は楽しい。
ただ、殆どの場合戦闘になるし、睡眠の質が著しく低下する。
つまり、寝不足になるのだ。
連日の多大な魔力消費と精神的苦痛によりヘトヘトな今。
せめて安眠を、静かな夜を!
切実に訴えるも、現状は変わらなかった。
轟音に怒号、そこかしこから立ち上る黒煙。
眼下に広がる灰色の大地。
五番目の特異点、あの戦場を想起させる光景だ。
果たして誰の夢なのか。
確かめようにも、手も足も口すらも動かせない。
縛られている?
いや…なんだろう、この感覚は。
見えているのだから目ぐらいは動かせそうなものを、それが出来ない。
なんというか…他人の視界を覗き見ているような…。
と、思った直後に背後で離れていく感じがした。
離れていく?何が?
俯瞰風景は変わらない。
後頭部に目がある訳もないのに、それでも、何かが…


―全く、面倒な事この上無い。しかし、弾除けとはいえ部下を無くしては出世に差し障るしな―


上からか、下からか、はたまた左か右からか。
声が、反響した。
落ち着いた男の人の声だ。
言葉の意味を咀嚼する前に。
そもそも誰だと考える前に、ぐりんと視界が回転する。
え?あれ?飛んでたのか?いや、落ちてる?落ちてる?!
本当に全く状況が掴めないが、空を飛んでいたようで?
で、今まさに落ちているようで?
どうにか出来る術なんか元より持ち合わせていない。
自分は何処までいっても平凡な人間なのだ。
しかし、もがく事も出来ないのは悔しい。
というか、夢の中で死んだらどうなるんだ?
声もなくぎゃーぎゃーと叫ぶ間もぐんぐんと近付いてくる地面。
それを半ば八つ当たりの気持ちで睨み付ける。
一体誰だ!この夢の主は?!本当に死んだら恨んでやる!
恨み節を力一杯叫んで、叫んだ所で気付いた。
落ちていく先に踞る人が――いや、その人を目掛けている?
ちょ、ぶつかる!退いて!気付け!そこの人!
聞こえる筈のない声を発していると、その念が通じたかの様にその人が顔を上げた。
驚いた。
女の人だ。
死屍累々、正に地獄と化したその場に女の人が居た。
全身泥まみれ、汗が雨の様に頬を伝い今にも昏倒しそうな人だ。
あれ?落ちるのが止まってる?浮いている?
等と思っていたら、口が動いた。


「軍衣を纏った以上は祖国に貢献を成せ。帝国には無能な兵士を養う余裕などない」


冷淡な突き放す物言いに、女の人はか細い声ながら必死に返事をする。
いや、待て。この幼女声は…

―ぶつん―

音がして、視界が暗転。
その中でまたしても幼女声が口から出た。


「餞別?」


その声を合図に、辺りの映像が流れ込んでくる。
目の前には死にそうな顔をしていた女の人。
先程とは違い、顔色が良くにこにこ顔だ。
零れ落ちそうな大きな瞳は濃く青い宝石のよう。


「見るからに各部の寸法が合わないと思うが」


「そうですか?でも!小隊長は育ち盛りですし!直ぐに合うようになりますよ」


きらきらきら。
善の塊の様な笑顔で言う女の人。
それに、ふっ、と嘲笑を返す口元。

―ぶつん―

再度、暗転。

―女性から服を、しかもこんなフリフリの物を贈られるとは―

暗闇で男の人の声が響く。
憤り、悔しさ、情けなさ。
それら負の感情に周囲が埋め尽くされていく。
のに、中心がもやもやと形容し難いモノが居座っている。
これは……


「無理だ、ぜぇええったいに無理だ。よし、人手不足を理由に時間稼ぎを」


不機嫌丸出しの声を口が紡ぐ。
次いで、じわぁと広がっていく世界。
部屋の中、らしいが…紙の搭に圧迫死されそうだ。
うん。よく分からないが、これを片付けるのは大変だと分かる。
直ぐ側にあった電話へ手が伸びた。
自分の意思無しに身体が動くのは、全くもって妙な感じである。


「失礼します!」


次々と変わっていく世界は宛らリモコンで映像が替わるテレビのよう。
そんな事を考える位には余裕が出てきたりして。
そうそう見られない視点を、堪能するかと構えていたらノックの音。
そして、晴々とした声が入室を宣言してきた。
あれ?この声は、と合点する前にどくりと心臓が脈打つ。

―この、声は…―

焦り?いや、違う。
これは期待と…


「貴官が、何故ここに…」


耳を疑った。
口から零れたそれは変わらずの可愛らしいものだか。
その声調は珍しかった。
内の戸惑いが外にまで溢れている。
此方…と言っていいのか疑問ではあるが一先ず置いておいて。
止まっている此方に構わず、その人は近付いてきて。
その間も、なんだか内側は騒がしい。


「お久しぶりです!デグレチャフ大尉殿!」


やっぱり、あの宝石みたいな瞳の人だった。
とても嬉しそうに笑っている。
背後の窓から射し込む光が後光のようで、本当に輝いているみたいだ。
というか、笑顔も相俟って眩しい、眩しすぎる!

―ぶつん―

………………………あれ?周りが薄暗い。それで、こう…何となく閉塞感がある。
今度は何処だ?
判断しようにも視線は一点に集中したままで。
どうも歩いているみたいで。
しかも、忍び寄るように抜き足差し足で。

―違う、これは…そう!心配だからだ!私の副官…そう!副官が!あれほど優秀な者はそういないし、私の遣り方を一番理解しているし!―


落ち着き払った近寄りがたい男前な声が一気に親近感を醸し出していた。
それは今までにない位に煩く、言い訳めいた台詞を繰り返していて…

どん!!


「っ!」


危ない。
いや、何が危ないのか知らないが。
手が開きかけた口を塞いでいる。
どうやら目の前の扉の向こうで何かが落ちたようだった。
微かに人の声がする?
いや、あまり聞こえない。
複数の人が居て、寝ているのか鼾が煩い。


「ぅ、ばくれつ、じゅつしきぃ」


「なぁにぃっ!セ、セレブリャコーフ少尉!」


鼾の中に僅かだが寝言と制止しようとする声が聞き取れた。
間 髪を容れず、鈍い音が響く。
分からない。
状況は勿論分かっていないが、沸々と湧き上がってくる苛立ちの方が一番分からない。
鈍い…その、人を殴ったような音で幾分萎んだものの。
沸々がグツグツに変化してきて、吹き零れそうだ。
今にも、というか未だに扉を蹴破っていないのが驚きな程だ。
いやいや!寝てる人が居る部屋にそれは駄目だろう!
思うが、思うだけで、身体は動いていた。
あ、もう無理か、すみません、寝てる人達。
諦めて、気持ちだけ手を合わせた。
――が。


「だいたいちょう〜、もくひょうはちんせいかしましたぁ」


びくり、と肩が戦慄いた。
今更に思ったが、この声はあの女の人だ。
制止しようとした声は男の…え?男女一緒?
等と言う疑問はふわふわと押し寄せてくるものに流されて。
再び聞こえた寝言――大隊長という単語にふわふわが明確なモノとして成り呑み込まれていった。


ぱちり。
自分の意思で瞼が上がった。
視線の先にはいつもの天井がある。
ふぅ、と息を吐いてベッドから抜け出す。
いつもより早い時間だが丁度いいだろう。
手早く身支度を済ませ、向かうは召喚室だ。
少し足早に歩を進めれば目的地の入り口。
その横で本を立ち読みをしているアヴェンジャーが見えた。


「ん?マスター、今日は随分」


「おはよう、デグレチャフ大尉殿」


意外そうに此方を見ていた目が、これでもかと見開く。
あの幼女声を聞き間違う筈もないのだが、確信を持てた。
あの夢の主は、やはりこのアヴェンジャーだ。
うん、気分がいい。
部下を喚んでほしい、なんて。
なんとまあ健気な頼みに中身はおっさんショックは吹き飛んで、安請け合いをしたのが運の尽き。
そう都合良く来てもらえる筈がなく。
かと言って、諦めるなどという選択肢はない。
触媒はアヴェンジャーが稼ぎ捲ってくるため底を突く事もなし。
いつ背後から撃たれるかとヒヤヒヤしながら詠唱し続け二週間。
これくらいの仕返しはお釣りがくるというものである。


「くそっ…プライバシーも何もあったもんじゃない!」


「大丈夫、アヴェンジャー。今日こそは来そうな気がする」


「マスター…それは、爆死ワードでは?」


その容姿に似合わない苦々しい表情で訴えたアヴェンジャーは呆れた目を向けてくる。
それに笑顔だけを返し、召喚室へ足を踏み入れた。
他の部屋とは空気から違うそこは、いつもより何となくだが明るく感じた。
深呼吸を一つ。


「―――――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よーーー!」


朝一番。
無事に詠唱を唱え終わり、廻る輪が最大まで輝く。
そして…


「はじめまして、マスター!小官は…」


その日、アヴェンジャーの笑った顔を初めて見る事となったのは言うまでもなく―――。







《思い出して、見つめて》
終わり
(アヴェンジャーのドキドキにあてられて、こっちもドキドキする)
(安心しろ、マスター。特別に卒殺しに留めよう)
(そつごろし?)
(なんだ、卒寿も知らないのか?)
(う、うわぁい、殆ど死んでますね〜)
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