雑色

□誰かではなく
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「あなたがそれを言うの?」


ふふふ。
軽やかに零れる声は、どこまでも優しく甘くて。
まるで、それは。
口の中をころころと踊る飴玉を味わっているかのような感覚を想起させるのだ。



《誰かではなく》



「変、ですか?」


「そうね…変とは思わないけど」


面白いとは思うわ。
じわじわ、じりじり。
照り付ける太陽から逃れ、木陰のベンチで喉を潤す最中。
隣でジュースの缶を傾けている女の子。
セーラー襟の真っ白いワンピースは涼しげで。
滲む汗すら爽やかだ。
逆に自身の姿は、それはそれは目の毒なのだろうなと。
ぼんやりと思う。
暑さにではなく、熱さにふわふわとする頭の隅で思う。
それは、酩酊にも似た感覚。
ともすれば、浮いてしまいそうな危うさの僕。
そうさせているのは目の前の女の子。
そして、同時に現実へ引き留めているのも然り。
こうやって、並んで座れてる事すら奇跡のようなものだから。
夢心地になるのも仕方がない。


「面白い、です?」


「えぇ。だって、因幡さん。"運命を信じますか?"って」


造ってるの、あなたなのに。
にこにこと柔らかく笑む、しのぶさん。
ぽぽぽっ、と心に花が咲いた気がした。
零れる声に合わせて、ポニーテールにしている髪が僅かに揺れる。
綺麗に弧を描く唇から目が離せない。
笑ってくれる事が嬉しくて。
隣に居れる事が幸せで。
いやぁ、と頭を掻きながら笑い返した。
暫くそうして笑い合っていると、しのぶさんが口を開く。
どうして、そんな事を?
穏やかな表情で首を傾げる仕草はとても美しく、一枚の絵のよう。
僕は見惚れながらやっぱり、と思うのだ。


「何がやっぱりなの?」


「へぇ?あ!声出てました?すみません」


「いいのよ。それより、大丈夫?なんだかぼんやりしているけど…」


今度は心配そうな顔で見上げ、不意に手を伸ばしてきたしのぶさん。
そのまま頬に触れた手はジュースのせいで冷たく、結露によって濡れていて心地が良かった。
しかし、濡れた頬に気付いた彼女は眉を下げ、引っ込めようとする。
離れていくその手が恋しくて、慌てて自分の手を重ねた。
大丈夫です、冷たくて気持ちいいです。
そうやって、申し訳なさそうにする彼女を留める。
本当は冷たいとかは二の次だったのだけれど。
僕の事を心配してくれている女の子は、その言葉に頷いて好きにさせてくれた。
ねぇ、しのぶさん。
なに?因幡さん。
ベンチの上で、見つめ合って、互いを呼び合う。
きょとん、とした表情は可愛らしく。
僕の言葉を待つ姿は、健気で。
やっぱり、この人じゃないと、と思うのだ。


「僕、運命って認めるものだと思うんです」


「認めるもの?信じるものじゃなくて?」


不思議そうに聞き返すしのぶさん。
はい、と頷いて僕は思うままに言葉を紡いだ。


「運命ってたくさんあって。それこそ道を右に行くか、左に行くか位の違いで無限に近く分岐があるんです。たくさん、僕も造りましたけど…でも、その分岐って本当はただの可能性で。その人にとってはやっぱり運命って一つなんだって思うんです」


「……なんだか、難しいわ」


「はい。僕も実は分からないです」


「もうっ、因幡さんったら」


えへへ、と笑う僕に対してしのぶさんはぷくっと頬っぺたを膨らませた。
怒った顔も可愛くて。
怒っても、重ねた手を振り払う事もしなくて…
全部が、愛しいと思う。
僕の唯一の人で、一つしかない運命。

想いを乗せて見つめると冷たかった手は、もう熱を纏っていた―――。



《誰かではなく》
終わり
信じるものや、諦めのものではなく。
これが自分の運命なんだって認めたら、それがきっと……
 

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