ツイステ×ぐだ子

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《わかっているのに、いたのに》



繊細な刺繍の施されたストールを握り締めるその姿は細身の体躯も相俟って儚げで。
その上、消え入りそうな声で呟くものだからやっぱりどうにも落ち着かない心地がする。
普段は…いや。
元から噛み砕きがいもない見た目だ。
琥珀の瞳は飴玉の様だし、ころころ変わる顔は柔らかいパンの生地みたいだし……あれ?
フジマルくんの印象を並べて、並べた末におかしさを感じる。
違う。
感じるなんて曖昧なものでなく、完全なる否定だ。
サバナクロー寮ではチビな自分よりも更に目線の下な彼の監督生は女の子。
つまり、というか、つまりもだからもなく、女性なのだ。
女性、とは。
見た目のか弱さを凌駕する賢さと強さを持つ、男の腕っぷしなんか全く太刀打ちも出来ない存在である。
実際、フジマルくんは何百もの使い魔を使役する魔術師で、


「ぶっ!ニャッハハッ!!リツカ、しわしわの鼠みたいな顔なんだゾ!」


「そ、そうッスよ。なんて顔してるんスか?」


辺りを包む雰囲気を壊す、いや。
壊すそれなど初めからなかった。
うん、気のせい…気のせいだ。
涙が滲む程に笑うグリムくんに乗っかり、自分も笑いながら言った。
上手く笑えていたかは分からないが、声が出てしまえば言葉は意識せずに出てくる。
チャッチャッと終わらせましょう。
オレ達は当日まで実質やる事ないんスよ。
着て脱いでの繰り返しなんか、ごめんでしょ?
ペラペラスラスラ。
滑るように口が動いて、抱えていた服達を置こうとして…立ち止まる。
ここはさっきまでいたポムフィオーレ寮のボールルーム、の隣の部屋だ。
一にも二にも、とにかく衣装!なこの寮の主とモノクロな教師によってオレ達は着せ替え人形と化した。
まぁ…それはもう――それはもう、目まぐるしくも言われるがままに動いた結果。
アンタの衣装まだ決めてないじゃないの!?
衣装がやっと決まり、一息吐いた直後だ。
グリムくんに余ったリボンやらアクセサリーやらを合わせていたフジマルくんにヴィルさんが詰め寄ったのは。
アシスタントの経験でもあるのか?
起点となる服を物色する先生は感心したように言う。
手にするそれらは、これじゃない、あれじゃないとポイポイ投げられていた服達で。
当然の如くハンガーに掛けられ、整理されたそれはフジマルくんの仕業だった。
服は動きやすくて着れればなんでもいい自分にとって。
ここの飾りが地味。
もっと絞ってシルエットをスリムに。
等と、言い合う会話は言葉は分かっても理解出来ない呪文だった。
寧ろ、呪文の方が易しいとすら思う。
服は服でしかないだろうに…。
げんなりとする此方へは気も遣らず、裾を詰めるか刺繍の追加かで悩みまくる二人へ。
メジャーや針、糸、図案化の為の筆記用具等々。
まだ本人達ですら何が必要か決めかねている様な時に。
フジマルくんは目や手の届く範囲へそれらを然り気無く置いていた。
必要なければ引っ込めていたし、使い終わった物もその都度移動して…
たった一着の為に採寸をする事も初めてだったから比べようもないが。
先生の様子を思い出すに、作業自体はスムーズに進んだのだろう。


「おい、どうしたんだゾ?」


「あー、いや、いくらこの床がピカピカでもこんな高そうな服並べるのはなぁ…と、お。丁度いい物が」


予備の物が置いてあるという物置部屋。
それはイメージしたものとはかけ離れていた。
埃っぽくもなければ、暗くもなく、掃除の行き届いた立派な一室。
もう、なんか、目に優しくない程に輝いている。
美しさと完璧さを追求する寮長の威光は隅々まで行き渡っているらしい。
ウチの寮の倉庫なぞ見せた日には…いや、考えるのは止めよう。
血を見る未来しか思い描けないから。


「もう一つ机出してやる!」


子分の面倒を見るのも親分のツトメだからな!
元気一杯な声にお礼を言いつつも不安が過った。
とりあえず、と今しがた出来たスペースへ服を全部置き注視する。
折り畳まれ整頓された机、その前に陣取る毛玉の後ろでペンを構えた。
浮いた机が天井か壁にぶち当たるのでは?
机が粉々になるんじゃ?
等々、等々―――果たして。
固唾を呑む此方を余所に、どや顔で胸を張ったグリムくんは杞憂を蹴散らしてくれた。
心の中でホッと息を吐く。


「で、フジマルくん?そろそろ動いて欲しいんスけど」


どれもこれも触るだけで高いと確信出来る服を机の上に広げていく。
一着、二着、三着、四着、五着……十はあるな。
今回の作戦の要――その三人よりも多いそれらは、採寸もせず目測のみで選ばれた物だ。
多くなるのは仕方がなかった。
見てるだけでも嫌になるが、仕方がなかった。
そう。
服選びに付き合ってるのも、仕方がなかった。
メインはこっちだろ。
メジャーを武器のように構えたヴィルさんを遮った言葉である。
見事なまでに認識を操る魔法――いや、魔術だ。
触れる程度で見破られる筈もないだろうに。
ホント、なんだかんだ言いつつ女性には優しいんだ、ウチの寮長様は。
……なんて。
皮肉交じりな言葉は正にブーメラン。
細い肩に迫る長くしなやかな指先に、声を上げかけたのは己が口だったのだから。
変わらず、接してくれると有難いです。
あの衝撃の白昼夢、その後。
存在証明がなんとかと云うフジマルくんは散々身の上話をして。
した上で、そう言って引き結んだ。
言われるまでもなく、年上だろうがなんだろうが。
目の前にいるのは、魔法も扱えないオンボロ寮の監督生。
その事実は変わりようがない。
だから、変えるつもりなんて少しもなかった。
なかった筈、だった、のだけれど。
はい…すみません。
呼び掛けにのそりと振り向いた顔はくしゃくしゃのままで。
遠慮もなく言ってしまえば、指を差して笑うくらいではあるのに。
そう出来ないのは、


「コイツの後輩なんだゾ」


「後輩って…」


元の世界の?
声に成る前に喉元で押し留めた問い。
聞く必要もないのだ。
マシュ――
今も耳に残る切ない呼び声が発した名前。
元気が取り柄の様なフジマルくんが、こんな風になってしまう相手。
グリムくんが言うには彼女の後輩、とやらが気になったのだ。
……いや、


「マシュの話聞きたいですか?!」


「っ!」


、くりした。
机を挟んだ対面でずいっと前のめりになり、覗き込んできた琥珀。
きらきらきら。
周りの輝きに負けない程の煌めきが両目に突き刺さる。
うん、痛かった。
眩しすぎて、痛かったんだ。
嬉しいと叫んでいるような満面の笑みが。
そうじゃなければ、おかしい、こんな、の…。
くらり、と眩暈まで催してしまい反応が遅れてしまって。


「出会いから運命的で!もう本当に可愛いくって、天使みたいで!それから、」


「わ、かったッス。聞くんで、服…ぁあ゛!手!手の下!シワになる!っ、もぉおー!話は聞くから、これ!」


聞きたいとも、先ずもって返事からないと言うのに。
勝手に話し始めたフジマルくんの手の下は机だった。
その間には当然、広げたばかりのバカ高い服がある。
気にする余裕がないのか、そもそも気にしないのか…。
どちらにしろ、頓着してない様に自棄を起こし叫び返す。
手近の一着を突き付けると、はい!なんて。
良い子の返事を嬉々としてするのだから、もう、ホントに、調子が狂う。
あーあ、言っちまったんだゾ。
ずぅうん。
重く、低い、憐れみの声に気付く事は無く――――。



《わかっているのに、いたのに》
終わり
服の着脱を繰り返しながら後輩の話をする彼女は、なにが楽しいのか、嬉しいのか…。
簡易の仕切り越しに、見なくても笑顔だと分かる声がよく通る。
無限に紡がれる言葉は過去を語っている。
ここには居ない、会えない相手を想いながら形にしている。
のに。
――あぁ…そうだ、そうだった。
アンタは、いずれ、
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