ツイステ×ぐだ子

□何度でも
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《どちらにしても》




「私…死んでる?」


とうとう降りだした雨。
その音が反響して、洞窟内は賑やかだった。
働かせてください。
スカラビア寮生との一悶着。
モストロ・ラウンジの修繕費に我々への労働費…アズールの言葉を覚えていたリツカさんは、そう言って頭を下げた。
それが無くても既に雇うつもりで、朝からお邪魔した僕達――というより、僕とフロイドの二人なのだけど。
鴨が葱…いえ、有難い申し入れに頷いたのは三人だった。
ここじゃダメ!
不意に思い起こされた台詞が再生され、あぁと今更ながらに納得した。
余っていた制服を着て貰おうとした時の事だ。
とにかくダメ、今から更衣室立ち入り禁止!の一点張りだったフロイドを揶揄い倒した数日前の記憶が遠い記憶のよう…―――
等と、現実逃避をしている場合ではない。
自身を叱責し、視線を現実……いや、此処は夢の中らしいのだから、夢にと言うべきなのだろうか。
凸凹とした地面、そこに何の抵抗もない様子で脚を開き組んで堂々と座るリツカさんは。
花の魔術師と名乗る者の話を聞き、聞いた末にそう放った。
ぽつぽつぽたぽた。
自然の音のみの空気は凍り付き、心音がどくりと低く脈打つ。
死んでいる。
その台詞自体に、ではない。
然も軽い事柄であり、他人事だとでも言うリツカさんの様子に、だ。


「そこは、かもしれない位にしてくれないかな?!マイロード!君が死んでるなんてぞっとしないよ?!」


「でも、虚月館の時みたいになってて、私の体が行方不明なんだよね?おかしいと思ったんだ。マーリンがわざわざ根掘り葉掘り聞いてくるの。それにしても、どこにいったんだろ?私の体なんか何かに必要とは思えないし…」


「なんか、とは!君の体は研究に実験に触媒に…魔術師なら喉から手が出る程の一級品、」


「小エビちゃんは、」


物じゃない。
静かに、けれども凍り付いた空気を解かす程の熱量を持つ声に二人の会話は途切れた。
視線が一気に集中する。
釣られる形で自分の隣――同じ顔を見た。
のに。
そこに同じ顔はなく、怒って哀しんで…そんなただの人間の様な男が、いて、
なんだいなんだい、甘酸っぱい話あるじゃないかマスター!
にんまりと口で弧を描いた自称魔術師はそう色めき立ち花を飛ばした。
いや、比喩でも何でもなく、本当に花をぱらぱらと飛ばす。
そうだ、そうなのだ。
色々有り過ぎて後回しにしていたが…。
一癖も二癖も有りそうなこの人物こそが我々を夢に招いたのだ。
真偽の程は確認しようもない。
が。
これだけの人数をオンボロ寮から先程までいた森へ転移させたのは事実である。
離れていても解る魔力の渦。
到底人間とは思えないなにか…得体の知れない気配。
コレはなにで、リツカさんとはどういう関係なのか。


「主殿、敵将捕捉しました」


そう言って音もなく現れたのは、アズールを担ぎながらも森を走り抜けた小柄な少年――確か、コタロウさん、だっただろうか。
しっかりとした筋肉を持つ彼は片膝を付き縮まってリツカさんに頭を垂れている。
宛ら、と言わず。
敬称の通り、主と下僕の姿だ。
下僕からの言葉を受けた主は、ありがとうと穏やかに言いながらも目の色が変わる。
臨戦態勢。
それが表されたかの様に引き締まった表情で立ち上がった。


「燕青が来たって事は、東だね」


「バレたか。なんかしくじったか?俺」


エンセイ。
その名が紡がれると赤毛が黒になり姿が丸切り変わる。
それは露出された肌が絵画の如く彩られた者だった。
変身術だろうか?
いや、それよりどうして。
どうして、解ったのか。
背丈も声すらも変わっていたのに、どうして…と。
まるで、自分こそが見破られたかの様に動揺して答えを求める。
のに。
完璧な変身を見破ったリツカさんは、顎に手を当て何かを考えており答えを聞く事も出来ない。
それなのに。
古参の強みかね?ごちそーさん。
軽口を叩く刺青男は嬉しそうにしていた。


「マーリン、よろしく」


「仰せのままに、マイロード」


何処かに、いや。
言葉を借りれば敵将、とやらの元へ行こうとしているリツカさん。
洞窟の入り口を塞ぐ様に横たわっていた巨大な狼が唸る。
呼応する様にその背に影が集まっていく。
集まって、形を成しながら、影が伸びる。
するり、と巻き付いたのは細い腕だった。


「わ、ア、ズールさん?」


浮きかけた彼…いや、いやいやいや。
キラキラと星屑でも入っているような琥珀の瞳。
丸みを帯びた輪郭。
いつもは一つに纏められた橙色は下ろされ、左側の一房を髪飾りで結んで。
手は紅葉の様に小さいし、腕も脚も容易に手折れそうだ。
本当に…見れば、見る程にリツカさんで、リツカさんなのに、女性で。
何故、どうして。
自身と同じ男性だと認識していたのか…。
紅葉の手を掴んだのは、アズールで。
刺青男が赤毛の少年の姿でしていた様に跪いていたのだけれど。
そこに凛々しさもなければ、恭しさもない。
稚魚の如く縋り、何も考えずの行動だったのか声もなく口の開閉を繰り返す。
我らが寮長ながら、情けない。


「大丈夫です、ちゃんと帰れます」


絶対に、無事に、帰します。
何も言わない、言えない相手を責めるでも笑うでもなく。
ふわふわと。
いつだったか、山を散策中に巣から落ちてきた雛鳥の柔らかな羽毛の様に優しい声でそう言い。
数日前の、再現かのように微笑む。
ヘタレ蛸。
彼の王子の罵倒は清々しい程に的を射ていて、胸中で大いに頷く。
頷きながら、狡いと思った――――。



《どちらにしても》
終わり
全く、金ぴかのあの人…それに、今回ばかりはお爺さんにも困ったものです。
視えた未来を警告するでも防ぐでもなく、妬くだなんて。
大人気ないですよ。
お花のお兄さんもマスターの記憶野まで覗いて視たのが猫だか狸だかって…本当に呆れます。
そう思いません?
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