ながいよみもの

□二十九
1ページ/1ページ





二十九
《烏滸がましい、》



「お前、」


「曲者!」


あちゃあー、しまったなぁ。
似たような質量を持つ二つの声に頭を抱えた。
いや別に、相手をするのは楽しいんだよ?
ただ、今は。
今、って言うのがいけないんだよねぇ。
振り切ろうか…。
あぁでも、そんな事すれば余計ムキになるだろうしなぁ。
ふぅ。
溜息を一つ落として振り返る。
どっちにしろ、無視は出来ないしね。


「君達も曲者でしょ。実習?」


「そんな所だ。それにしてもタソガレドキ城の忍者隊組頭は余程暇なのか?」


「まあね。部下が優秀なもので楽をさせて貰ってるよ」


彼の部下達が聞いたらどんな顔をするやら。
身震いする思いで口にした言葉をどう見たか。
二人を制していた者―立花仙蔵―は頷く事なく踵を返す。


「行くぞ。文次郎、留三郎。否やは聞かない。やる事があるのだし、言われた通り此方も今は曲者だ」


反論を許さない圧を含みながら発せられたもの。
その裏に騒ぎを起こすな、と見て取れる。
察したのだろう。
悔しそうに歯噛みをしながらも呼ばれた両者は同じく去っていった。
とりあえずは、まぁ良いが…どうにも妙な状況だ。
授業の一環であろう事は明白。
特に気にする必要はない。
だが、それが忍術学園の生徒となると話は別。
授業とは言え、必然的にどうしたってあの学園長が絡んでいるのだから油断ならない。
警戒し過ぎても損にはならないだろう。


「組頭!」


「ナイスタイミング、山本くん。あのさ」


図った様な部下の登場に思わず口布の下で笑いが込み上げる。
しかし、それも。
続く筈だった言葉すらも。
ただならぬ様子に消え失せてしまった―――。




―――――――――
――――――――――――――――




たぁん。
軽い様な重い様な音が鳴り響く。
瞬間その元を辿り痛みを覚悟する。
しながら、考えた。
自分が狙われる理由を。
しかも、子供の喧嘩じゃあるまいし、隠しもせずこんなにも真っ正直に…
主の分かる狙撃に意味はない。
ならば当然、別の所に目的がある。
オーマガトキ城が同盟を反故にする利点。
いや…前提からおかしいのか。


「え、」


飛んで来る弾丸の軌道を追っていた。
情けないが避ける事も弾く事も間に合わない。
急所を外そうと睨んでいた。
それが突然 視界に黒い影が現れ、気付けば。
狙撃手が、あいつに抱き留められていた。


「あ、あれ?そいつ…って、あんた何して」


「大丈夫、気絶させただけで…ぁ、やっぱり。あの、この人誰か分かりますか?」


「は?誰ってウチの…そういや誰だ?分かるか、お前」


「んー…とにかく、守備隊長に聞いてくる。それに医家が必要だなんて話、初耳だし。えぇと、そっちのタソガレドキの人」


悪いが、そう言う事だから。
大して悪びれた風もなく、門番はそう口だけで断り城へ入って行った。
当然、か。
此方は建前上 敵。
聞けばというか、情報通りに医家や医療品の不足などという事実も無い。
最早、怪しい怪しくないの話ではなくなってきた。
どうする?退くか?
いや、しかし不確かな情報のみでは…


「この人を中へ連れて行っても?」


「おぉ、助かる。ついでにお前さんたちも…丁度お迎えだ」


忍者の三病 あれこれ思い悩む。
手本の様に辿って、事態は悪化した。
お迎え。
どう見ても好意的ではない出で立ちの者達に囲まれ、あーぁ、なんて。
組頭の揶揄う声が頭の中で再生された。




――――――――――
―――――――――――――――



ここでお待ちを。
嫌味な程 丁寧に戸を閉められた。
いやもう逆に笑えてくる。
部屋には何もなかった。
畳が敷かれている事も申し訳程度で。
聞こえてきた仕掛けの音に確信する。
間違いない。
座敷牢だ。


「…最悪だ」


「はい、あの人と離れちゃいました。目を醒ますまでは、大丈夫ですけど」


「どういう…っ、それはっ!」


隣で沈んだ声が相槌を打つ。
あの人。
先程の狙撃手の事だろう。
離れた事で何か不都合があるというのか?
そもそも、だ。
話が通っていない、遣いだという証もない。
少なくとも自分なら侵入者として処理をする。
逃げるのなんて容易いだろうに、こいつは素振りすら見せなかった。
寧ろ罠に嵌まろうと…何故だ?
真意を問い質すべく、責める様に視線を向ける。
のに。
問う事も出来ず目端で捉えた物に釘付けになった。
どうしてそんな物を持っているのかと指差すものの、得心がいったとばかりに頷くのみ。
小さな掌をころりと転がる物は丸薬で。
茄子紺色のそれは、自害用の毒薬。
思わず口内に仕込んであるそれを確認する。
忍者は情報の塊のようなものだ。
自分で言えば、タソガレドキ城の間取り、兵や武器の数、食糧の調達経路等々。
敵対する城であれば、喉から手が出る程の物である。
例え、どんな事をされようと話すつもりはない。
忍者として自害など、最後の最後。
自力でどうにも出来ない時の最終手段。
使うつもりのない保険である物の存在を舌先で確め、そこで思い至った。
こいつは、妙な妖術を使う。
手を使わず相手を捕らえたり、目を瞑るだけで目的地へ移動していたり―最初は通り過ぎたとかで海に着いたが―、姿を見えなくしたり…
キドウ、ホホウとか云うらしいが、どういう原理なのか全く分からない。
立ち位置も目的さえも隠さないのに、そこだけが引っ掛かる。
だから…―いや、今はそれどころではないな。
分からないが、そういった事が出来るのだと理解するしかないだろう――黒鷲隊小頭の言だ。
手を使わず相手を捕らえる事が出来るにも拘わらず、狙撃手に接近した。
その理由がこれか。
と、すると…


「奴は忍者か。しかし、オーマガトキに忍者は二人しか居なかった筈…変装…?」


「ここの忍者ではないのかもしれません。私達、閉じ込められてますけど縛られてないですし…さっきの事、狙撃というのが引っ掛かります」


「あぁ、確実性がないからな。何より私を狙う目的が分からない」


「うーん…もしかして、オーマガトキ城とタソガレドキ城に争って欲しい、誰かの陰謀でしょうか?」


「今の状況と殿の件を考えれば第三者が関わっているのはもう疑いようもない。だが、オーマガトキ城との同盟はあくまで裏での事だ。それを…」


言葉が詰まった。
まるで、自分の事の様に至って真摯に思案する姿に。
対し、きょとりと目を丸くしたそいつと視線が絡んで漸く気付く。
自分は何を…こんな得体も知れない相手にぺらぺらと。
絆されているとでも云うのか。
敵意も警戒心もなく、悪意すらも感じない。
陽のような温かさのみを纏うこいつに。
使い手としての片鱗を垣間見る場面は確かにあって。
狙撃手の挙動で瞬時に自害を考えられる判断能力なんぞは経験に依るものだろう。
自分は、気付けもしなかったのだ。
経験の差は明らか、実力は言うに及ばず。
それなのに…
関われば関わる程に実感する。
こいつに他人を傷付ける事は出来ないのでは、と。
況して嘘を吐くとは思えない。
あぁ…なんて事だ。
十分絆されているではないか。
苦々しい気持ちを塞ぎたくて、瞼を閉じた。
そうだ、これがいけなかった。
がちゃん!
仕掛けの音と共に床から衝撃が来る。
罠か。
反射的に浮かんだ答えに身構えながら舌打ちをした。
罠の有無を調べるなど初歩中の初歩だ。
失念していたなんて言い訳にもならない。
とは言え、後悔しても始まらないのは当然で。
無傷、という事はそういう類いの物ではないようだ。
床が開いて落ちた先は本当の牢とか?
何の道、オーマガトキ城の此方に対する対応が決まったと云う事だろう。
…なんて、我ながら楽観的な考えだったと思う。
瞼を開いた先には、甘い考えを嘲笑うかのような現実過ぎる日常があった。


「あ?」


だと言うのに、目の前の出来事が上手く頭に入ってこない。
変わらず何もない座敷牢だ。
ただ、申し訳程度の畳から槍の様に尖った棒が無数に飛び出していて。
何故か自分の周りのそれは折れていて。
何故か、目の前には、それに串刺しにされている女がいて…
ぱたたっ。
畳に落ちた鮮血に眩暈がした―――。




二十九
《烏滸がましい、》
終わり
どちらが幸いなのか。
意味を分かっていなかったのだと…
いや、分かっていたとして結果は変わらなかった。
するべき事は変わらなかった。
私は死神だから。
そうじゃ、なかったら、私は…
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ