ながいよみもの

□十三
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ばたばたドタドタ。
足音が二つ。
宛ら、競争でもしているような騒がしさである。
ここは間違っても外でなく、屋内だ。
況してや忍者の学舎である。
誰であれ身内状態なのだから、見付かれば説教は必至。
にも拘らず、それら騒音の主達は。
遠慮とか気遣いとか加減とか。
そんな言葉の欠片も感じられない騒々しさで廊下を走り、ある場所へ急いでいた。


「お、おばちゃん〜!ごめんなさい〜っ!当番…あれ?」


「ど、どうしたの?平太?」


目的地は食堂。
そして、その食堂に走り込んで来た二人は一年ろ組の平太と怪士丸であった。
戦戦恐恐とした様子で顔色が悪く、今にも倒れそうな両者。
しかし、そんな様子は。
実は、普段と然程変わりはなかったりする。
ある意味凄い事だ。
その含む所は、ここへ急いで来た理由に関わる。
二人は食堂当番。
遅れるかもしれないとは、事前に伝えていた。
何故なら、予算会議があったから。
予想通りに遅れた訳だが、問題はその時間だ。
予算会議に加え、学園長先生の庵の修繕。
想定していた時間はとっくに過ぎていた。
忍術学園一優しい食堂のおばちゃんは。
同時に、最強で最凶のおばちゃんでもある。
それはもう…雷どころか、地震でも起こす位に怒り狂うのではと。
平太は用具委員の。
怪士丸は図書委員の。
それぞれの同委員会所属の者達に言われ、まだ片付けも残っているのに送り出された。
なんで言わなかったんだ!
両委員長からはお叱りも受けて。
ビビりの平太のみならず、怪士丸も縮み上がり謝ったものだ。
勿論、用具・図書の委員長は食堂当番だと言わなかった事を怒った訳ではない。
委員長のせいだと言えよ。
二人して言われた台詞は同じで、互いに知った時は笑ってしまった。
言い訳をするつもりはなく、ましてや先輩のせいにするつもりもなく。
怒られる覚悟で食堂に来た、のに。


「おばちゃんが、いない」


閑古鳥でも鳴きそうなひっそり閑漂う空間。
どちらともなく呟いた台詞は、食堂に空しく響いたのだった。


十三
《それは内緒の》



どくり、どくり。
低い音が身体中で感じられた。
それは、息の詰まる様な緊張と焦りからくるもので。
気持ちが焦り、心臓が走り、気持ちを急かす。
悪循環である。
嘆かわしいと思う。
忍者が感情一つ操れないようではと。
分かっているのに、どうにも静める事が難しい。
物理的な理由には広い学園内を走り回っている為もあったが。
そんな物は、日頃の運動量に比べればというものだ。
あぁ、それでも今は。
とにかく今は。
自虐する時間すら惜しい。
だんっ。
身の内にある焦燥を吐露するように、力一杯地面を蹴る。
目指すは遥か頭上にあった木の枝だった。
直後。
いや、足が枝に着地したその時。
鼓膜を震わせたものがあった。
次の枝へ移ろうとしていた意識が背後へ向かう。


「木下先生」


振り向く前に隣へ現れたのは同僚である彼の人。
見慣れた威圧感のある眼光に、漸く自身が呼気を忘れていた事に気付く。
ふぅ、と意識的に溜息を吐き幾分か急かす音が落ち着いた。
狭まっていた視界も通常に戻り、僅かに緩んだ視線を感じる。
全く、恥入るばかりだ。
周りに気取られてしまうとは。


「土井先生、大丈夫か?」


「はい、すみません」


別に咎めている訳ではない。
苦笑いを浮かべる此方に対し、突き放す様に応える相手。
しかし、呆れた表情の中にはそれだけではない温かさが確かにある。
眉をピクリとも動かさず、どんな非情な事をもやってのけてしまうこの忍者は。
芯の部分でどうしようもなく情の深い人だ。
言葉のない思いに、やはり面映ゆさが沸き上がる。
すみません。
口を衝いて出た台詞には苦笑いは付かなかった。


「そちらはどうでしたか?」


スッと細めた目に、声調も下げれば空気が変わる。
問うた内容には中身がない。
何がどうだというのか。
だが、それだけで十分なのだ。
何故なら、同じ目的で同じように学園を走り回っているのだから。


「さっぱりだ。痕跡すら見当たらない。食堂のおばちゃんも新野先生も同じだと」


「そうですか。小松田くんも分からないと言っていましたし…学園内に居るのかも疑問ですね」


「そうだな。結局、あの娘の所属も正体も目的さえも知れぬままだ。既に学園外へ出た可能性もあるな。しかし、ここまでしてやられるとは…」


ぎりっ。
聴覚ではなく、視覚で捉えた音。
引き結ばれた口に、陰の落ちた瞳に。
悔しさ、自責の念が滲み出るのを見た。
木下先生が言っている娘とは、二日前に学園へ侵入してきた者だ。
自分は死神だとか、悪霊を追っているのだと言い張り。
挙げ句の果てには、別の世界から来た等と戯れ言を吐かす始末。
それら乱り言に学園長は頷いた訳で。
侵入者の在留日数は今日で三日目になった。
如何に学園長が言われたとて、怪しいものは怪しい。
身元の確認やら、監視やら。
教師全員で行っていた。
木下先生は、主に監視を請け負って下さったのだが。
現在、監視対象者は行方不明なのだ。
委員会の予算会議が始まる少し前に姿を眩まし。
学園長へ刀を返して欲しいと言ったかと思えば、次には倒れて医務室に居た。
失血時の様な症状だが、それを呈する程の外傷はなく臓器からの出血も考えにくい。
今のところは命に別状はないが、と。
新野先生の所見だ。
刀に縋り付くように丸まって横たわる、その姿を確認したのはまだ明るい内で。
少しずつ暗くなってきている辺りに、食堂のおばちゃんは夕食を作りに行っただろうかと頭端で引っ掛かる。
とは言え、空腹などを感じる余裕はなく引っ掛かると言えば生徒達の事だ。
そこまで考えて、はた、と思い至る。


「そう言えば、鉢屋はどうですか?」


脈絡はない。
無理な話題の変えようとも思われるかもしれないが。
木下先生は何かを言って欲しい訳ではないし。
況してや、それが意味する事を気付かない訳ではない。
この一流の忍者を二度ならず、三度も撒いたという事は。
即ちその者はそれ相応の実力者だと云う事。


「静かなものだ。六年生もまだ気付いてはいない」


肩を竦め言った後に、スッと立ち上がる木下先生。
一本の木の様に真っ直ぐ歪みのない佇まい。
ひしひしと伝わる強い意志に体が動いた。


 
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