みじかいよみもの

□例えば
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それは、死に逝く瞬間に似ている。



《例えば》



締め付けられる感触と欲を注ぎ込む感覚。
俺の下で切なげに甘い声を上げた桃は、震えながらそれを受け入れている。

じわじわと湧き上がるこの感情を俺は知らない。

『愛おしい』

この名を教えてくれたのはこいつだ。
まあ、こいつに教えたという自覚はない。
―感じさせてくれた―
それだけなのだから。

抜きたくねぇ。
そう言うと、真っ赤になって。
ばかっ、と叩かれた。
本当の事なんだが、なぁ?





―――――――――
―――――――――――――――――



「え?」


眼下で不思議そうな声が上がる。
欲を抑えられず、風呂場でも2回程ヤって。
すっかり機嫌を損ねた桃を、漸く自分の腕に収めている今。

ふわり、といい匂いが鼻を掠め、キョトンとした瞳が俺を見上げている。

危ない。

そう思って、誤魔化す様に抱き締めた。


「あぁー…」


死にたい。

このまま。

しかし、こんな幸福な死、は俺には望めない。




「……あにふふんだ」


先に言っておくが、頭がおかしくなった訳じゃない。
桃に頬をつねられてるからだ。
俺にこんな事、出来るヤツなんかコイツぐらいだな。
そんな事を考えていた、ら。


「もう…しない」


「は?」


「もうしないっ!」


キスも、それ以上も。

そう言って、頬を引っ張る手も腕の中にあった温もりも離れた。
でも、俺は。
放したくなくて、離れたく、なくて。

―ドサッ―

畳に散らばる黒い髪。
潤んだ瞳。
桜色の頬。
何とも煽情的で…

しかし、相反するように。
その眼差しは鋭く、唇は真一文字に結ばれていた。


 
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