みじかいよみもの

□焦がれて 中編
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「雛ちゃん、ごめん!……うん、やっぱこれだな…」


数えきれない程、口にした台詞。
ストレートに謝るしかない。
と、自分自身に言い聞かせて何時間か。
いや、ほぼ半日だな。
さんさんと照りつけてくる太陽に恨めしさが募る。

あの後、どうやって帰ったのかすら分からない。
それなのに、眠る事が出来ず一睡もしていないのだ。
神楽にすら、とうとうボケたアルか?と聞かれる程ぼんやりとしていて。
で。
俺は、空の入れ物を膝に乗せ川縁に座っていた。
入れ物。
風呂敷に包まれているそれには、桃の試作品が入っていた。
空になった入れ物を渡す。
と、云う名目で、ここで待ち合わせするのは最早習慣になっていて。
いつもなら、俺は待たせる側だ。
待ったとしても、30分以内だし。
どんな事があったとしても、まだ来ないで欲しい。
なんて、思った事はなかった。
しかし、今は激しく思う。

寧ろ…
緩やかに流れる川を見ながら。
あぁ流されたい。
溺れて記憶喪失になるんだ。
それで海で漁師の網に引っ掛かるんだ。
知らぬ存ぜぬで、あやふやな内に桃と元の関係を続けるんだ、そうだ。
などと、考える始末だ。


「……はぁ、んな事出来たら世話ないな」


「坂田さん?」


「んなあぁああっーも、ひ、雛ちゃん!」


丁度、俯いた瞬間。
待ち人が現れた。
飛び上がった俺に、桃は眉根を寄せて近付いて来る。
後退りたい気持ちはあった。
後退りたい、なんて、生易しい。
全速力で逃げ出したい。
だが、それはしない。
というか、動けない。
声も出せない。
何度も反復した言葉なんかも出ない。
直立不動で、汗が滝のように流れる。
桃の目なんか見れなくて。
ぶるぶると視界が揺れる。
あぁ、俺の馬鹿!


「大丈夫ですか?」


「っ、え?」


「顔色、悪いですよ?フラフラしてましたし…お店を出た後、いきなり走って帰ってしまったので、具合が悪かったんじゃないかって思ってたんです。だから、今日はいらっしゃらないかと…」


大丈夫ですか?
心配する声に、あれ?と引っ掛かる。
意を決して、桃へ目を向けた。
そこには、不安そうに。
俺をただ心配している桃がいて…


「大丈夫!銀さん元気だけが取り柄だしぃ〜あ、今回も旨かったから。じゃあ銀さん、仕事入ってるから」


捲し立てる様に言いたい事を言って、俺はその場を離れた。
旨かった、なんて。
よく言う。
何が入ってたのかすら知らないのに。
仕事、なんて。
今日は一件も無いのに。

なんでか、苦しさを感じたのだ。
桃の、いつも通りの態度に。
何も、無かった、という、態度に。

またお店で!
と、いつものように言ってくる桃に。
俺はいつものように返事が出来ず。
背中を向けたまま、手を振った。



《焦がれて 中編》
終わり
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