番外編

□ゆるがせず
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「それで。一体全体これはどういう事なんだろうね?」


バシャン。
ひっそりと、不自然な程の静寂の中。
彼の方の、心情を表すかのように響いた水音。
音源は透き通る水が流れる川。
その川の水を跳ねさせたのは、此方に背を向けたままの彼の方。
裾を捲り上げ、すらりと長い下肢を川に浸からせている姿は。
ただ、単に。
水浴びをしているだけにも見える。
しかし、その背から滲み出るものは決して穏やかなものではなく。
剣呑さを孕んでいた。
挨拶をする前からこの調子か。
ある意味予想に反する事のない反応ではある。
しかし、そう思った事は悟られぬよう胸中で苦笑いを零すのみに留めた。


「聞けば、夢にまで赴いたとか?自分で勘違いを増長させている自覚はあるんだろうな?これでは、女を囲っているようにしか見えないが?」


振り返る事なく、ずけずけと吐かれる言葉達。
事実、ではある。
だから、肯定しか返せない。


「ふーん…関係ないってこと、」


ね。
彼の方は。
未だ、背を向けたまま。
首だけを少し動かし流し目で見てきた。
その視線には、背負う剣呑さがそのまま乗っている。
攻撃性を纏っているそれを返すでも、受けるでもなく。
気負いせず見つめ返す。
彼の方に比べれば、自分は童も同然。
頼み事も、身のほど知らずもいいところだ。
だが、引く訳にはいかない。
元より、折り合いをつけるつもりもなかった。
一方的な睨み合い。
一方的な見つめ合い。
それは暫く続いた。
そして、止めたのは前者。
視線を逸らして、盛大に息を吐き出した後。
ザバァッ、と音を立て彼の方は川から上がりゆっくりと歩き始めた。


「袖に引っ込んでた脇役を、ましてや悪神だと追いやったこの身に、何をさせる気かと思えば…まぁ、付き合ってやらない事もない。分かっていると思うが味方にはならない。敵にもならない。ただ、居るだけだ」


それでいいのか?
挑むような、責めるような。
声音で、態度で。
遅いくらいの歩みで。
目の前に来たもの。
しかして、それらへの返答は無言。
何を言われても、どう思われようと。
もう、決めたのだ。
再び訪れた不自然な静寂。
その中で承諾の音が響く。
いい度胸だ。
そう言って不敵に笑む彼の方。


「分かった。ここに居よう。さて、と。では、出来損ないの名を聞こう。噂に違わぬ女王様振りの君。吾の今の名は――」



それは、色も褪せない契りの日。



《ゆるがせず》
終わり
 

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