03/04の日記

21:44
【BL週記】“いびつな結晶”のかがやき(3)

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 こんばんは (º.-)☆ノ






 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』について書いてきました。

 最初の「成立過程」↓で、『銀河鉄道の夜』の公刊テクストが変遷してきた歴史を解説し、現在出ている4種類の逐次稿テクストを説明しました。

 「ブルカニロとは何者か」(1)〜(13) と「自然の信号、受信の記憶」は、逐次稿のうち〔第3次稿〕について書いています。

 「“いびつな結晶”のかがやき」は、〔第4次稿〕についてです。現在ふつうに本屋で入手できる『銀河鉄道の夜』は、この〔第4次稿〕テクストを新仮名遣いに改めたものです。






 ⇒:『銀河鉄道の夜』の成立過程

 ⇒:『銀河鉄道の夜』――ブルカニロとは何者か?(13)

 ⇒:【BL週記】自然の信号、受信の記憶

 ⇒:【BL週記】“いびつな結晶”のかがやき(1)

 ⇒:【BL週記】“いびつな結晶”のかがやき(2)






【5.8】 神話の綻び



 さて、 『銀河鉄道の夜』の“さそり座”の場面では、「サソリの火」が燃えるに至った伝説的由来を、タイタニック遭難姉弟の「女の子」が語ります。

 サソリは、いたちによって井戸に追い詰められて水死しようとする時、「わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない‥‥どうか神さま‥‥こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかひ下さい」と祈ったところ、サソリの身体は星となって燃えだし、夜の闇を照らすようになった。



 テクストを見ると、この《サソリの挿話》が語られる前と後とで、「サソリの火」の描写そのものが大きく変化しています。《挿話》の前の部分では、「天をも焦がしさう」な「黒いけむり」と「ルビーよりも赤くすきとほ」った火とが綯いまぜに語られていましたが、《挿話》の後ではもっぱら「音なくあかるくあかるく燃えた」と語られます。列車から見る方向の関係でそうなっているとも解釈できる書き方ですから、表面上矛盾は無いのですが、イメージとしてはやはり、極端に異なる2つの景観が並び立っている印象です。



「童話におけるパラドックスという観点からは、
〔…〕『オツベルと象』『黄いろのトマト』『土神ときつね』などの昔話的・神話的なテクストが重要である。これらに共通するのは、極めて神話的な設定やキャラクタが、全くそれと相矛盾するような出来事や逸脱によって相対化され、素朴な寓意や啓蒙が宙づり状態にされてしまう事態である。」
中村三春『係争中の主体』,2006,翰林書房,,pp.198-199.






 『銀河鉄道の夜』は「神話的テクスト」ではありませんが、《サソリの挿話》は「神話的テクスト」の挿入と言えるでしょう。

 しかし、《挿話》を語る「女の子」の語り口自体が、はじめは、「蝎がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるって‥‥お父さんから聴いたわ。」と非神話的に言い、弟との問答のなかで、「えゝ、蝎は虫よ。だけどいゝ虫だわ。」と答えて《挿話》を語り、最後には、「蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしてゐるのを見たって。いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。」と神話的に締めくくるのです。

 「サソリの火」の同じ由来について、“焼けて死んだ”、“まっ赤なうつくしい火になって夜の闇を照らす”という異なる“語り”が並べられています。つまり、《パラドックス》なのです。ここで賢治のテクストは、“自己犠牲”の神話(寓話)を呈示しているというよりは、“自己犠牲”の寓話(すきとほった明るいひかり)がそれと矛盾する事態(天を焦がす黒い煙)によって宙吊りにされる状況を呈示しているのです。

 この《パラドックス》状態は、たんにここで呈示されているだけにはとどまらず、「女の子」と弟、その他‘キリスト教徒’の乗客がみな降りてしまった後で、ジョバンニとカムパネルラの間に微妙な感興の差を生ぜしめ、そのまま二人に見える“風景”の不一致と、互いの姿を見失う決定的な“別れ”につながっているようにも見えます:



「ジョバンニは あゝ と深く息しました。『カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一諸に行かう。僕はもうあのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない。』『うん。僕だってさうだ。』カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでゐました。『けれどもほんたうのさいはひは一体何だらう。』ジョバンニが云ひました。『僕わからない。』カムパネルラがぼんやり云ひました

 『僕たちしっかりやらうねえ。』ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くやうにふうと息をしながら云ひました

 『あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。』カムパネルラが少しそっちを避けるやうにしながら天の川のひととこを指さしました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまひました。
〔…〕ジョバンニが云ひました。『僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんたうのさいはいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一諸に進んで行かう。』『あゝきっと行くよ。あゝ、あすこの野原はなんてきれいだらう。みんな集ってるねえ。あすこがほんたうの天上なんだ あっあすこにゐるのぼくのお母さんだよ。』カムパネルラは俄かに窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫びました。

 ジョバンニもそっちを見ましたけれどもそこはぼんやり白くけむってゐるばかりどうしてもカムパネルラが云ったやうに思はれませんでした。何とも云へずさびしい気がしてぼんやりそっちを見てゐましたら向ふの河岸に二本の電信ばしらが丁度両方から腕を組んだやうに赤い腕木をつらねて立ってゐました。『カムパネルラ、僕たち一諸に行かうねえ。』ジョバンニが斯う云ひながらふりかへって見ましたらそのいままでカムパネルラの座ってゐた席にもうカムパネルラの形は見えずジョバンニはまるで鉄砲丸のやうに立ちあがりました。」

『銀河鉄道の夜』〔第4次稿〕



















「寓意は象徴に対してより自由な比喩でなければならない。ところが、用い方によって寓意による読解は現代の本来非神話的な物語を神話へと変えてしまう。その結果、寓意はテクストを余すところなく啓蒙の道具として利用するに至ってしまう。

 
〔…〕昨今の賢治読解の流行として、教訓ではなくとも何らかの歴史性や社会性に関わるメッセージをテクストから読みとる傾向が非常に強く認められる。それは、寓意を媒介として賢治のテクストを再神話化し、啓蒙に資するメッセージとして賢治のテクストを集約しようとする。〔…〕だが、〔…〕テクストとは、集約されたメッセージを超えて自らをどこまでも拡張してゆく、豊かな対象であったのではないか? そして、実に賢治のテクストは、物語が神話として回収されることそのものについての抗いを内包せしめた、いわば反神話であったのではないか? 」
中村三春『係争中の主体』,2006,翰林書房,,pp.245-246.



 中村三春氏は、このように指摘しています。私たちは、宮沢賢治がパラドキシカルに書いたテクストを、無理に歪めてそこから一方的に「神話的」ないし「啓蒙的」意味を抽き出すのではなく、むしろ微細なパラドックスをも見逃さないように注意深く精細にテクストを読みこんでゆくべきではないでしょうか。






 それでは、このようにパラドキシカルな《サソリの挿話》と「サソリの火」の描写の前に、『双子の星』という、一見きわめて調和的な神話的テクストを参照させる会話が書き加えられた意味は、何なのでしょうか?

 たしかに『双子の星』テクストじたいは調和的であっても、それを指示して交わされる姉と弟との会話は、ナンセンス会話と言ってよいくらいちぐはぐで分裂的です。それは、後のほうで「青年」とジョバンニの間に交わされる「ほんたうの神さま」をめぐる「係争」的会話にも匹敵する“折り合いの余地のない”パラドックス対話と言えます。






 ギトンが思うのは、ここで賢治は、このあと展開される「ほんたうの神さま」をめぐる「係争」など、さらに、ジョバンニとカムパネルラの間の“ずれ”の拡大と別離……という事態に先立って、いわば立脚すべき“原点”を確認しておこうとしたのではないかということです。

 その“原点”とは、姉弟のナンセンス対話を軸として見れば、天界の恒常不易の“調和的円環”そのものではなく、むしろ“双子の落下”に示されたような、“調和”がほころびを見せる事態のなかでの「双子」の主体的ありかただと思うのです。



「二人は青ぐろい虚空をまっしぐらに落ちました。」

「二人は落ちながらしっかりお互の肱をつかみました。‥‥どこ迄でも一諸に落ちやうとしたのです。」

「二人はまっ黒な雲の中を通り暗い波の咆えてゐた海の中に矢のやうに落ち込みました。/二人はずんずん沈みました。」

「海の底はやわらかな泥で大きな黒いものが寝てゐたりもやもやの藻がゆれたりしました。」



 といった『双子の星』テクストの部分に、それは示されています。

 『銀河鉄道の夜』テクストでは不可避にやって来る、この後の分裂的事態、テーマのかなめであるジョバンニとカムパネルラの結合が、とりかえしのつかないまでに引き裂かれてしまう事態を前にして、『双子の星』の参照指示は、二人の“結合”そのものの主体的“原点”を確認する意味で、挿入されたのだと考えます。






【5.9】 見えないものは水ばかり




「『あまの川、
  底のすなごも見ぃへるぞ
  かはらの石も見ぃへるぞ。
  いつまで見ても、
  見えないものは水ばかり』」

『銀河鉄道の夜』〔第2次稿〕



 〔第2次稿〕の「琴の宿」にさしかかるシーンで、難船者家族の弟が車室の「こしかけの上に大威張りで立って」叫ぶ↑この文句は、賢治創作の童謡「あまの川」ですが、この歌をきっかけのようにして、列車は「橄欖の森」にさしかかり、「その林のまん中に高い高い三角標」が見え、車内は讃美歌の合唱でみたされ敬虔なふんいきに包まれます。

 この「あまの川」の歌は、すくなくともここに登場した意味においては、キリスト教と何らかの関係があると思わなくてはならないでしょう。






 







 「サウザンクロス」の駅で、ジョバンニとカムパネルラの乗った列車から降りた乗客たちは、



「見てゐるとみんなはつゝましく列を組んであの十字架の前の天の川のなぎさにひざまづいてゐました。そしてその見えない天の川の水をわたってひとりの神々しい白いきものの人が手をのばしてこっちへ来るのを二人は見ました。けれどもそのときはもう硝子の呼子は鳴らされ汽車はうごき出しと思ふうちに銀いろの霧が川下の方からすうっと流れて来てもうそっちは何も見えなくなりました。」



 と描かれています。このシーンについて、佐藤泰正氏は、



「このキリスト教的イメージへの共感と敬虔の情は、文彩のあざやかさを超えてほとんど感動的でさえあると言ってよい。」

『佐藤泰正著作集E 宮沢賢治論』,p.129.



 と評価されたうえ、



「これらの作中に纏綿たるキリスト教的情緒の背景に、我々はあの『黙示録』のイメージを重ねることができよう。『黙示録』記者はその終末に、迫害に抗する信徒たちに深い慰めと勝利にみちた世界を語ってみせる。」

『佐藤泰正著作集E 宮沢賢治論』,p.210.



 として、『ヨハネ黙示録』の終りで、“最後の審判”の後に現出する「新しき天と地」の世界を述べた部分(21-22章)を、文語訳聖書から引用しています。いまその一部を再引用しますと:



「我また新しき天と新しき地とを見たり。
〔…〕曰く『視よ、神の幕屋、人と偕(とも)にあり、〔…〕神みづから人と偕に在(いま)して、かれらの目の涙をことごとく拭ひ去り給はん、今よりのち死もなく、悲嘆も、号泣も、苦痛もなかるべし、〔…〕

 御使また水晶のごとく透通れる生命の水の河を我に見せたり。この河は神と羔羊
(こひつじ。キリストのこと――ギトン注)との御座より出でて、都の真中を流る。河の左右に生命の樹ありて十二種の実を結び、その実は日ごとに生じ、その樹の葉は諸国の民を医すなり。今よりのち詛はるべき者は一つもなかるべし。〔…〕今よりのち夜ある事なし。」






 宮沢賢治の「あまの川」の「見えないものは水ばかり」とは、この「生命の水の河」が、自分には見えないということなのではないか?‥

 そういえば、『銀河鉄道の夜』には、列車の窓から天の川が見えない、天の川の水が見えないという叙述が頻繁に現れます。↑上の引用部分でも、「その見えない天の川の水をわたって」と書かれていました。






 しかし、賢治はそれほど聖書をよく読んでいたのだろうか?



「賢治とキリスト教について詳述する余裕はないが、花巻在住の内村鑑三門下の斎藤宗次郎、照井真臣乳の影響よりしても、宮沢清六氏の言葉通り『仏教に深く教えられたと同時にキリスト教の真意も幼児からよく知っていたと思われ』る。
〔…〕聖書はもとより『内村氏の著書などもたくさん読ん』(筆者宛私信)でいたようだともいう。」
『佐藤泰正著作集E 宮沢賢治論』,pp.134-135.



 1921年1月『国柱会』に身を投ずるつもりで突然家出上京したさい、賢治はそれに先立って斎藤宗次郎を訪問し、『国柱会』の指導者・田中智学についての評価を訊ねています。日蓮宗の指導者について、キリスト教の人に訊くというのも変っていますが、賢治の斎藤に対する信頼がうかがわれます。



〔…〕ひそかに斎藤氏を訪ね、『智学の人物とその活動について』たずねている。〔…〕筆者宛の詳細な書簡のなかでは〔ギトン注―――宗次郎は〕『内村先生から田中智学観ともいうべき言葉に接したことがあるので』、それにより自身の率直な考えを述べ、それは純一なる宗教人として欠くるところあるを端的に語ったものであり、賢治は深く諒するところがあったという。」
『佐藤泰正著作集E 宮沢賢治論』,p.212.



 つまり、斎藤宗次郎は田中智学について、批判的な評価を伝えていたことがわかるのです。「純一なる宗教人として欠くるところある」とは、『国柱会』での国粋主義的な政治運動、また宗教劇上演などの「国性文芸」の活動が考えられますが、おそらくは前者を指しているものと思われます。

 じっさいに、賢治は東京へ行ってから『国柱会』幹部の勧めで童話の創作を始め、また、花巻で農学校教師になってからは学校演劇活動もして、その上演には斎藤宗次郎を招待して見せています。しかし、『国柱会』の政治活動の面に対しては、“東京行き”を境に完全に手を切っているのです。斎藤が佐藤氏に答えて、「賢治は深く諒するところがあった」と言っているのは、まちがえのない理解でしょう。

 賢治は、田中智学に帰依するために上京したと、表向きは言っているものの、智学その人とは会見した形跡さえないのです。
















 ところで、ちょうどこの 1921年1月から、東京では内村鑑三が、大手町講演のなかでも重要な“『ロマ書』講義”を行なっていました。賢治がこの講義を聞きに行った確証はありませんが、講義に基く『羅馬書の研究』(1924年7月序)は内村鑑三の代表的著書ですから、賢治は花巻に帰ってから読んでいた可能性が高いと言えます。刊行された 1924年7月頃と言えば、まさに『銀河鉄道の夜』〔第1次稿〕が書き起された時期です。

 重要なのは、その“『ロマ書』講義”『羅馬書の研究』の核心部分の内容です。内村は、パウロの『ロマ書』(ローマ人への手紙)などを講解しながら、『ヨハネ黙示録』の約束する「新しき天と地」を待望することの中に、神の義と信仰の精髄があると述べているのです。



「内村の『ロマ書』講義の核心がどこにあったかは、
〔…〕『「義人は信仰に由りて生くべし」と云ふ、偉大なる深遠なる言である』『〔…〕我が信仰の精である。』〔…〕魂の眼をひらいて終末の日を待つべきを説き、次の一節を引く。『〔…〕我等は其約束に因りて新しき天と新しき地とを望み待てり、義その中に在り』(ペテロ後書 3:13)〔…〕ここに『義人は信仰に由りて生くべし』の信はつらぬかれ、〈義〉は『新しき世界』のなかに収束される。〔…〕

 内村は神の約し給う終末の日を待ち望み、そこに新天新地を望み待つところに、〈義人〉の〈信〉は全うされるという。」

『佐藤泰正著作集E 宮沢賢治論』,pp.207-208.



「新天新地を望む、その〈信〉の貫通そのもののなかに〈義〉は在るという。」

『佐藤泰正著作集E 宮沢賢治論』,p.215.






 このように見て来ると、『銀河鉄道の夜』には、キリスト教らしき信仰の形象が、敬虔なまでに描かれているのと同時に、“天の川が見えない”“水が見えない”という頻繁に現れる句によって、キリスト教の終末信仰に完全には同意できないという、賢治の率直な意志が繰り返し表明されていると言えそうです。

 それが、遭難者の弟の「叫ぶ」「あまの川」の歌となり、またジョバンニと「青年」のあいだの「ほんたうの神さま」をめぐる論争にもなって現れているのだと思います。



 しかし、天の川の「水」は、つねに見えないわけではありません。「ときどき眼の加減か、」こまかな波だちや、波がしらの光るのが見えたりします。そして、そうした“輝く光景”は、〔第4次稿〕では、ジョバンニがカムパネルラとともにいる時にだけ見えるのです






【5.10】 「新しい世界」が現れる



 『銀河鉄道の夜』に関係する賢治の創作メモのなかに、



「青年白衣のひととポウロについて語る」(A)

「開拓功成らない義人新しい世界現はれる」(B)



 というものがあります。

 佐藤泰正氏によれば、「白衣のひと」は、キリストを指しています。「青年」は、ジョバンニと「ほんたうの神さま」をめぐって論争するタイタニック遭難者の青年。「ポウロ(パウロ)」は、内村鑑三の“「ロマ書」講義”のテーマである「ロマ書」(新約聖書の「ローマ人への手紙」)の著者。内村は、この講義で、“義人は信仰により生くべし”“人の義、人のわざではなく、神の恵みにより「功なくして義とされる」”“神が約束する「新しい世界」を待ち望むことそのものの中に、「義」はある”と強調しています。
(『佐藤泰正著作集E』,pp.207-208,211,215.)



「内村は神の約し給う終末の日を待ち望み、そこに新天新地を望み待つところに、〈義人〉の〈信〉は全うされるという。」

『佐藤泰正著作集E 宮沢賢治論』,p.208.



 したがって、(A)と(B)の内容は、関連していることになります。『銀河鉄道の夜』に(A)のような会話は書かれていませんが、佐藤氏によれば、「Bこそはこの作品の背部にひそかにはりつけられたモチーフであ」る
(a.a.O.)



 もう、このへんのことになるとギトンにはよくわからないので、佐藤氏の解説を引用したのですが、‥ともかく、創作メモに「新しい世界現はれる」と書かれていることだけを見ても、賢治は、キリスト教的なユートピアを敬遠しても拒否してもいなかった。それゆえにこそ描けた“銀河の岸”に輝く十字架、車内に湧きおこる讃美歌の合唱――それらの“敬虔そのもの”とも言うべき描写なのだ、ということはわかります。








 







 そこで、本題に戻りますと:……“天の川の水”も、いつでも見えないわけではない。……では、どんな時に見えるのか?‥以下、少しテクストを探ってみたいと思います。






「『月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。』ジョバンニは云ひながら、まるではね上りたいくらゐ愉快になって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛を吹きながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きはめやうとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとほって、ときどき眼の加減か、ちらちら紫いろのこまかな波をたてたり、虹のやうにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光の三角標が、うつくしく立ってゐたのです。」

『銀河鉄道の夜』〔第4次稿〕



 まず、↑これは、カムパネルラと落ち合った直後です。はじめは、「水」がどうしても見えないのですが、しばらく「気をつけて見」ていると、波がしらの光るのが見えてきます。



 つぎ↓は、北十字の「白鳥の島」です。「水は‥‥」と書かれていますが、流れているはずの「水」は音も形もなく、それなのに、「水」があるということは“わかる”―――そういうことかもしれません。



「俄かに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石や草の露やあらゆる立派さをあつめたやうな、きらびやかな銀河の河床の上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射した一つの島が見えるのでした。」

『銀河鉄道の夜』〔第4次稿〕













 しかし、「水」の流れ、ないし存在が、ジョバンニたちの前で、はっきりと目に見える形をとるのは、あの「プリオシン海岸」の場面です:



「カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌にひろげ、指できしきしさせながら、夢のやうに云ってゐるのでした。

 『この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えてゐる。』

 『さうだ。』どこでぼくは、そんなこと習ったらうと思ひながら、ジョバンニもぼんやり答へてゐました。

 
〔…〕ジョバンニは、走ってその渚に行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとほってゐたのです。それでもたしかに流れてゐたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮いたやうに見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光をあげて、ちらちらと燃えるやうに見えたのでもわかりました。」
『銀河鉄道の夜』〔第4次稿〕



 河の「水」にひたしたジョバンニとカムパネルラの手首に「ぶっつかってできた波」が、「燐光をあげて、ちらちらと燃えるやうに見え」る光景は、『銀河鉄道の夜』のなかでももっとも印象的な場面です。まったく抵抗のない「水」の中で水銀のようにぬめり、また、ぼんやりと青く顫えて光る互いの腕を見つめ合う二人は、少年愛の官能にみたされています。

 そのすぐ前を見ると、カムパネルラが、岸の砂粒を見て、「中で小さな火が燃えてゐる」と言い、ジョバンニも、それが当然のことであるかのように思って、「さうだ。」と答えています。つまり、言うなれば“幻想(統合的組成)の共有”があるのです。

 そうすると、見えない天の川の「水」が見えるようになるには、カムパネルラとの“対
(つい)幻想”――“幻想の共有”が必要だ‥‥、あるいは、必要だとまでは言えなくとも、“対幻想”によって見えやすくなる、ということが言えそうです。






 










「こっち側の窓を見ますと汽車はほんたうに高い高い崖の上を走ってゐてその谷の底には川がやっぱり幅ひろく明るく流れてゐたのです

     
〔…〕

 どんどんどんどん汽車は降りて行きました。崖のはじに鉄道がかゝるときは川が明るく下にのぞけたのです。ジョバンニはだんだんこゝろもちが明るくなって来ました。
〔…〕

 どんどんどんどん汽車は走って行きました。室中のひとたちは半分うしろの方へ倒れるやうになりながら腰掛にしっかりしがみついてゐました。ジョバンニは思はずカムパネルラとわらひました。もうそして天の川は汽車のすぐ横手をいままでよほど激しく流れて来たらしくときどきちらちら光ってながれてゐるのでした。うすあかい河原なでしこの花があちこち咲いてゐました。汽車はやうやく落ち着いたやうにゆっくりと走ってゐました。」

『銀河鉄道の夜』〔第4次稿〕



 ↑列車は「コロラド高原」の峡谷の高い崖のふちを、急勾配で駆け下りて行きます。谷底には川が流れています。川は、ふつうの車窓のけしきと同じように見えているのでしょうか?……しかし、下までおりて平坦になったあとで、「天の川は‥‥いままでよほど激しく流れて来たらしく」と書いていますから、やはり、下におりるまで「水」の流れは全く見えなかったようです。

 平地におりてからも、近づいた川の「水」はやはり見えず、「北十字」附近と同じように、波頭が「ときどきちらちら光って」見えるので、流れているのがわかるのです。






「見てゐるとみんなはつゝましく列を組んであの十字架の前の天の川のなぎさにひざまづいてゐました。そしてその見えない天の川の水をわたってひとりの神々しい白いきものの人が手をのばしてこっちへ来るのを二人は見ました。」

『銀河鉄道の夜』〔第4次稿〕



 ↑これは、すでに一度、上で引用しましたが、「サウザンクロス」駅を発車したところです。ここでも、―――キリスト(?)らしい「白いきものの人」が天の川を渡って来るのに―――「水」は見えないのです。






【5.11】 “幻視”の共有



 以上から、とりあえず帰納できるのは、天の川の「水」が見えるかどうかは、“幻想”ないし“統合的組成”の共有にかかっているらしいことです。敬虔な場面かどうかは関係ないようです。上の「サウザンクロス」でも「水」は見えませんから。

 また、それを見ているジョバンニとカムパネルラが明るい気分かどうかも無関係と思われます。二人が朗らかに笑い合う「コロラド高原」でも、天の川の「水」はとくによく見えるわけではありません。

 あくまでも、ジョバンニとカムパネルラの“対幻想”の強さが関係しているようです。前回までに((2) (3) )見てきた『双子の星』会話の挿入なども考え合わせますと、‥“対幻想”による結合は、ジョバンニたちが「新しい世界」を見るためにも、必要なのではないか?…“対幻想”の性愛的な部分を含めて、そう言えるのではないかという気がするのです。



 ところで、タイタニック号の難船者たちが列車に乗りこんで来た後、「燈台守」が「黄金と紅でうつくしくいろどられた大きな苹果
(りんご)」を乗客たちに配ります。この「燈台守」は、「尖った帽子をかぶり、大きな鍵を腰に下げ」ています。賢治の創作メモには、



「苹果の匂のする前に天上の燈台守来ること必要なり」



 とあります。腰に下げている「大きな鍵」は、天国の扉の鍵なのでしょうか?「天上の燈台守」が配るリンゴですから、おそらく“天上のリンゴ”なのでしょう。剥いたリンゴの皮は、「くるくるコルク抜きのやうな形になって床へ落ちるまでの間にはすうっと 灰いろに光って蒸発してしま」います。

 しかし、ジョバンニとカムパネルラだけは、もらったリンゴを食べないのです:



「二人はりんごを大切にポケットにしまひました。」



 と、さりげなく書かれています。

 そして、乗客の大部分は「サウザンクロス」で列車を降りて、十字架の立った“天上”へ行くのに、ジョバンニとカムパネルラは列車に乗り続けます。あくまでも、二人の理想(「ほんたうの幸い」)を抱いて、「どこまでもどこまでも一諸に」それを探しにゆくように見えます。その試みが、なぜ挫折してしまうのか? あるいは‥そもそもほんとうに挫折したのかどうか? 。。。。。




















「入沢 つまり、ジョバンニが『けれどもほんたうのさいはひは一体何だらう』と言うのに対してカムパネルラは『僕わからない』とぼんやり答えるんですね。ここで結局、『学者アラムハラドの見た着物』に関連してくる。つまり二人の切符の相違の問題ですね。
〔…〕

 天沢 『ほんたうのさいはひ』を追究するモチーフをジョバンニはもっている。カムパネルラにはわからないわけだ。ところで、カムパネルラが姿を消す直前に、『あすこにゐるのはぼくのお母さんだ』と言うわけでしょう。

     
〔…〕

 天沢  
〔…〕ここでカムパネルラの行く天上というのが『ほんたうの天上』なわけで、〔…〕生まれる前の根源的な『母』のところへ行ったのであると考えられる。

 入沢 そういう意味でもカムパネルラは容易にそちらへ行ってしまう。ジョバンニにはそれが見えない。あの切符を持っているにもかかわらず。

 天沢 逆に、切符を持っているがゆえに、ジョバンニの見るのは別なものなわけですね。ある意味でなにも見えない。

 入沢 そのかわりに見るのが電信柱だ。」

入沢康夫・天沢退二郎『討議「銀河鉄道の夜」とは何か』,新装版,pp.49-50.



 そういう“神話化”による“啓蒙”をもくろむ読み方もあるでしょう。しかし、「『ほんたうのさいはひ』を追究するモチーフ」(動機)をカムパネルラが共有していないと、はたして言えるでしょうか?「北十字」での会話では、カムパネルラのほうが、



「けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだらう。」



 と思い悩んでいました。(なお、「石炭袋」シーンでのカムパネルラの『僕わからない』も、〔第1・2次稿〕では、「『僕わからない。』カムパネルラはさうは云ってゐましたがそれでも胸いっぱい新らしい力が湧くやうにふうと息をしました。」となっています。)

 カムパネルラの持っている「切符」は、「ほんたうの天上」に行く切符で、「ジョバンニの切符」は、「みんなの幸」を求めて「どこまでも」行く切符だから‥というのも、結論ではないような気がします。ジョバンニひとりで「どこまでも」行くのだとしたら、最後になぜ、「腕を組んだやうに赤い腕木をつらねて立」つ「二本の電信ばしら」が出てくるのか、わからなくなるからです。

 むしろ、ギトンには、佐藤泰正氏の↓つぎの指摘のほうが、より重要に思われるのです:



「彼は『銀河鉄道の夜』の推敲、改変のなかで
〔…〕ブルカニロ博士の姿を消し、『お前はもう夢の鉄道の中でなしに本統の世界の火やはげしい波の中を大股にまつすぐに歩いて行』けという呼びかけをも消し去る。それはこれが挫折の故の極限の夢であることの影を払いさったことであり、〈義人〉のイメージもまた払拭される。彼はただ純一なるジョバンニの夢を純一なるままに残した。そこに詩人としての賢治の誠実があった。」
『佐藤泰正著作集E 宮沢賢治論』,p.215.




 テクストの整理・解釈によって人物の性格と“運命”を規定し、“啓蒙”を構築することも一つの読み方ですが、それがすべてではないはずです。

 〈義人〉の影を払い去ったあとに残る「純一なるジョバンニの夢」とは何なのか?それは、カムパネルラと共有しうる「夢」ではないのか?‥‥賢治が、生涯の最後に至るまでテクストとの格闘をつづけていた〔第4次稿〕は、その未完成な点、あいまいに残された点、矛盾点をもふくめて、もっともっと検討されてよいと思うのです。













ばいみ〜 ミ



 
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カテゴリ: 宮沢賢治

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