07/21の日記

00:07
【ミヤケンの地学】焼走り

---------------
.




 
岩手山 
姥屋敷付近から。  











 こんばんは (º.-)☆ノ




 いやー もーツユ明けですかね〜

 まいにちまいにち……天気予報は雨なのに、ばっちり晴れあがるし、暑いし、いったいいつになったらツユなんだろーって思ってたらツユ明けですか‥w

 あんまり予報が当たらないから、もーやけになってツユ明け宣言したとたんに、こんどは雨ばっかり……てことはないんでしょうな?‥ww



 たしか去年も、ツユ明けのあとでかなり降ったよーなw








 さて、‥こちらの日記はずいぶん間があいちゃいましたが、【ミヤケンの地学】ってことで、《タブロ》のほうに書ききれなかったミヤケン名所めぐりのあれこれ…… 地学とは限らないんですが、ぐだぐだ書いてくことになりまぁす←





  ◆◇ちなみに、前回、平泉の狼神社を特集したら、………マイナーな記事なのに………意外にアクセスが多かったような。。。

  狼神社は、ミヤケンよりファンが多いんですかね?w

  なので、近々また狼神社特集をやりまする。奥多摩の狼神社なら、ハイキングの途中でたまたま遭遇した写真が、ずゐぶん溜まってますんで.....◇◆











◇    ◇








 さて、「焼
(やけ)走り」は、岩手山北東斜面にある熔岩の固まった溜まり。

 あらかたのことは、→こちらに書いたんですが‥ 【参考】⇒:一本木野(4)










西根から見た岩手山

山腹に、焼走り第1・第2噴出口が見える。






 ↑この写真、最近見ていて気がついたんですが、「焼走り」の熔岩を噴き出した噴出口が写ってますね! 雪のせいで、よく見えています。

 噴出口の近くへ行って撮った写真は、「一本木野(4)」のほうにあります。









 ところで、「焼走り」へ行くまでの話は、《タブロ》では書いてる余裕がありませんでした。



 ギトンは、ミヤケンの「一本木野」を読んで、津軽街道から「焼走り」まで、平らな野原が続いてるイメージを持ってたんですが……

 意外だったのは、…まだ冬のうちでしたが… 最初に、津軽街道の西根から三ツ森方面を見たときに、平原どころか、山が連なってるのを見て、ちょっとびっくりしましたです↓







 

 【参考】⇒:一本木野(1)








 西根から見ると、焼走りとの間の三ツ森あたりの丘が、とても大きく見えるんですね。高い山脈があるように見えます。じっさいは 100m かそこらの登りにすぎないんですが、東側から見るとりっぱな山です。

 でも、そこを上ってしまうと、焼け走りのほうの下りは、たいして標高差がなくて、

 ‥ここも、燧掘山や沼森、谷地山と同じで、高原の突端が北上川の低地に突き出た“でっぱり”なんです。

 【参考】⇒:燧掘山と石ヶ森






 ‥ともかく、地図で見ると、“道の駅・にしね”から「焼走り」までは“東北自然歩道”になってるんで、こりゃ快適に歩いて行けるな... と思ったのが、‥じつは、おおまちがいw



 車がビュンビュン走ってる車道を、命からがらたどってゆく“自然歩道”なのですた←





 
車を撮ろうとは思いませんで‥ 車のいなく   
なるのを見はからってシャッターを切るので、  
適当な写真がないのですよねw    








 東京圏とちがって、岩手県の自動車は、乗用車にしてもトラックにしても、余裕があるというか丁寧で、歩行者を追い越す時はスピードを緩めてくれるんですが、

 暴走族は、そーはいきません。バイクも車も、100キロ越えてるんじゃないかってくらいの猛スピードでスレスレに駆け抜けて行きます。ほんとに、命がいくつあっても足りません……この“自然歩道”はw





 おまけに、三ツ森のあたり‥ "自然歩道"は車道から離れて山道になる…のはいいんですけど、

 ↓このヤブはハンパじゃありませんよぉ







東北自然歩道‥‥ てゆーか、
自然に還った歩道というか。。。








 まぁ文句を言うのはそのくらいにしてw、肝心の【地学】ですが‥

 「焼走り」のあらかたのことは《タブロ》に書いちゃったんで、そっちで出したらなかった写真を、すこし展示しておきたいと思います:











 ↑このように、「焼走り」の大部分は、熔岩が固まった岩が見わたす限りごろごろしてて、木も草もぜんぜん生えてません。









 



 ↑累々たる岩塊の集積‥













  このへんは、だいぶ樹木が進出してきてます↑













  アカマツ(かな?)の風衝木。風が強いんですねえ...↑










 その白つぽい厚いすぎごけの
 表面がかさかさに乾いてゐるので
 わたくしはまた麺麭
〔パン〕ともかんがへ
 ちやうどひるの食事をもたないとこから
 ひじやうな饗応ともかんずるのだが

 (なぜならたべものといふものは
  それをみてよろこぶもので
  それからあとはたべるものだから)

 ここらでそんなかんがへは
 あんまり僭越かもしれない

宮沢賢治「鎔岩流」より。




 賢治は、熔岩の塊がパンに見えると言うんですが、……どうですかねえ?“パン殻火山弾”に似てないこともないけど↓

 それとも、岩ではなくて、苔や地衣類のほうですかね?‥彼の食欲をそそったのは。。。












 ↑熔岩の表面が白くなってるところは、苔か地衣類です。



 たぶんシモフリゴケ。もっと近づかないとよくわからないけど↓


















 ↓こちらは、地衣類のハイイロキゴケ。コケというより、カビのおばけみたいですね。小さなツブツブがたくさんつながっています。さわってみると、硬いんです。
















  ↓オオイタドリでしょうか‥ ひと株だけ生えています。そこだけ岩の割れ目に水が溜まっているのでしょうか?


















 うるうるしながら苹果に噛みつけば
 雪を越えてきたつめたい風はみねから吹き
 野はらの白樺の葉は紅
(べに)や金(キン)やせはしくゆすれ
 北上山地はほのかな幾層の青い縞をつくる

   (あれがぼくのしやつだ
    青いリンネルの農民シヤツだ)

宮沢賢治「鎔岩流」より。



 ↑有名なパッセージですが、

 「焼走り」から見た北上山地だとしたら、↓この景色になります。









 まんなかの尖った峰は、姫神山でしょうか?

 これも、詩を読んでいたときには、水平の青いシマシマ模様を想像してたのですが、じっさいに見てみると意外ですねw

 「焼走り」からは、北上山地が広く見渡せるわけではなくて、見えるのはごく狭い部分で、しかもその部分は、山の形がいくつも重なって、おもしろい景色なんです。

 「青いリンネルの農民シヤツ」って、こんな形なんですねw 認識を改めなければいけないかもしれません。










 





 帰りがけに、三ツ森を過ぎたあたりで、もういちど北上山地を撮ってみました↑。こんどは、姫神山がよく見えますね。



 ともかく、そーゆーわけで、懸案の「焼走り」を、1日かけてじっくり見てきました。

 ちなみに、今は一本木原に自衛隊の演習場があるので横断できないんですが、むかしは、滝沢のほうから一本木原を横断して、直接「焼走り」に行けたんでしょうね。農民も自由に入って、薪の伐採や火入れをしていたので、大きな木が生えずに原野のまま維持されていたんだと思います。







 松がいきなり明るくなつて
 のはらがぱつとひらければ
 かぎりなくかぎりなくかれくさは日に燃え

     
〔…〕

 ひとむらのやなぎ木立は
 ボルガのきしのそのやなぎ

     
〔…〕

 こんなあかるい穹窿と草を
 はんにちゆつくりあるくことは
 いつたいなんといふおんけいだらう
 わたくしはそれをはりつけとでもとりかへる
 こひびととひとめみることでさへさうでないか

「一本木野」より。



 宮沢賢治が、こう言って絶賛した風景は、単なる自然そのままのけしきではなくして、自然と人間との関わりあいが造り出していた風景だったのですね。

 それは、もはや永久に失われて、二度と現出することはありますまい。人々の暮らしぶりが変ってしまったのですから。。。。























ばいみ〜 ミ



 
ランキングへ
  
.
カテゴリ: 宮沢賢治

前へ|次へ

コメントを書く
日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ