09/03の日記

04:01
ラヴォアジェ【番外2】 大臣のパワハラを跳ね返し...

---------------
.


こんばんは。。





【番外篇】の2回目ですが‥






ルソーの『新エロイーズ』と、ラヴォアジェの生涯とを、並べて見ると、偶然とは思えない・もうひとつの符合に驚かされます。




『新エロイーズ』のあらすじは、貴族の令嬢ジュリーが、身分の低い家庭教師サン・プルーの熱烈な愛に、一度は身を任せてしまうのですが、ただちにサン・プルーを捨てて、高齢の裕福な貴族との結婚を承諾してしまう。それが「第3部」までのストーリー。


「第4部」は6年後。失意の世界旅行から帰ってきたサン・プルーを、ジュリーの夫は、かれらの“過去”を知りながら(あろうことか)息子の家庭教師として雇い入れ、妻への求愛を許し、ジュリーはサン・プルーを拒否しつづける。こうして、ジュリーとサン・プルーの間の、“あやまち”は繰り返しませぬ、天国で結ばれましょう‥式の書簡のやり取りが、ズルズルとジュリーの死まで続くことになります。










これと、奇妙に“符合”するラヴォアジェの結婚はというと‥


徴税組合でラヴォアジェの上司だった徴税官ポールズは、伯父の財務大臣テレ師から、まだ13歳の娘マリー=アンヌを、親類の老齢の独身貴族、50代のダメルヴァル伯爵☆に嫁がせるようにと強要され、困惑していた。


☆(注) 伝記によると、日本語で「ダメるゔぁる」と書きたくなるほどどうしようもない無職の貴族で、不労所得の年金をもらってぶらぶら暮らし(ドーマ,p.50)、「とにかく気違いで粗野、おまけに冷酷で、いわば大食漢」と、当時のパンフレットで取り上げられたほどの人物でした。(グリモー,p.25-26.)



そこで、ポールズが思いついたのは、見たところ女嫌いで真面目一徹、頭がよくて将来性のある部下ラヴォアジェ(当時28歳)と娘を結婚させてしまうことだった。


甥ダメルヴァルとの結婚を拒否された財務大臣テレ師は、怒りのあまり、ポールズの徴税組合での地位(タバコ部長)を奪おうとし、他の徴税官に反対されて引っ込めたほどだった(グリモー,p.26)

しかし、ポールズの親族の者は、みなラヴォアジェとの結婚を祝福した(op.cit.,p.27)


「ポールズ夫人の妹、すなわちテレ神父の姪、カーズ夫人は、〔…〕次のようにポールズに手紙を書いている。

 『私の姪〔ポールズの娘マリー=アンヌ──ギトン注〕が、しのびよる危険を脱し、この上なく幸福の条件をみたし、〔…〕あなたとともに結婚を決意したことは、なんと幸せなことでしょう。あの子は、〔…〕きっと夫を幸福にします。』」(a.a.O.)





ラヴォアジェの伝記には、↑このように書かれていて、ポールズ家側からの一方的な申し出をラヴォアジェが承諾して、一種の見合い結婚に応じたかのように理解されています。












しかし、ほんとうにそうでしょうか?


ラヴォアジェが中学生時代に読みふけった『新エロイーズ』のすじと、この結婚は、あまりにも符合しないでしょうか?

『新エロイーズ』のサン・プルーとジュリーの“不幸”を繰り返さないために、ラヴォアジェは無理をしてでも──財務大臣のたっての意向に逆らうのですから、新婦の父ポールズのみならず、ラヴォアジェ自身の首が飛んだとしても、おかしくはありません──、マリー=アンヌとの結婚を決意したのではないでしょうか?



さらに想像を進めれば、‥はたして、この結婚はポールズ家の一方的な意向だったのかどうか?

ラヴォアジェは、かねて上司であるポールズの自宅を訪問したこともあったはずで、そこでマリー=アンヌを見初めたことは十分に考えられます。

もし、マリー=アンヌの父が思いつくより前に、二人の間に交際があったとしても、このような結婚の状況では、それは内密にされたことでしょう。




ラヴォアジェは、パリジャンなのです。“恋人のひとりやふたりいるのが当り前”というパリっ子の状況は、いまも昔も変らなかったようです。


いくら、ラヴォアジェが“異常な天才”だったとしても、彼の“心の中”まで何もない、ということは考えられないと思います。おもてに現れた行動だけで、彼のすべてを判断することはできないはずです。












それと、もうひとつ‥







○ 彼は、5歳の時に母を亡くし、祖母と伯母に育てられた。つまり「おばあちゃん子」である。(グリモー,p.2)

○ 中学生時代には、恋愛小説を耽読した。

○ 思春期をすぎると───つまり、じっさいに恋愛相手との接触がありうる年代になると───それは沙汰やみになり、かわって、“自然への没入”が始まった。

○ 彼には、(伝記や、周囲の人の回想を見る限り)親しい同年代の男の友人も無く、彼が親しくしたのは、少数の、独身で変った性格の年長者(鉱物学者ゲタールなど)だった(グリモー,pp.5,8.)

○ はじめての(?)異性のパートナーとなった妻は、当時13歳。思春期前の少女だった。

○ ラヴォアジェは、妻マリー=アンヌとの間に子どもはできなかったが、二人はたいへんに仲良く(これは、当時の貴族・ブルジョワには珍しいことです!)、修道院以外の教育を受けていない妻に、化学と実験の詳細を懇切丁寧に教え、マリー=アンヌもこれに十分に応え、実験助手、および海外論文の翻訳者となって、夫の仕事を支えている。




↑このような事実から考えると。。。



ラヴォアジェ青年は、想像の世界での“恋愛への憧れ”は、ずっと持っていたと思うのです。

ただ、それは、何かの原因で、現実の女性には向かわないようになっていた。

かわって、彼は自然を深く愛した。

やがて、(おそらくは彼自身の愛情もあって)結婚したのは、15歳年下の少女だった。

妻との間に、子どもはできなかった。

彼は、マリー=アンヌを、配偶者である以上に、頼りになる友人、研究の同僚として、尊敬の念を持って遇していた。




そして、同性の友人関係まで視野に入れると、

ラヴォアジェは同性愛者ではなかったか?‥あるいは、同性愛の傾向を持ってはいなかったか‥という気がするのです。





同性愛が“罪”とされた時代にあって(アンシャン・レジームの下では、同性愛ゆえに残虐刑に処せられた者も多いのです)、

しかも、異性愛行動が、男性のステイタス・シンボルのように思われているパリのような社会にあって、



“恋愛をしないフェミニスト”、“年上の男性だけを友人とする変わり者の男”という生き方をした“同性愛者”がいたとしても、おかしくはないと思うのですが。。。





ばいみ〜 ミ


  
同性愛ランキングへ  
.
カテゴリ: ラヴォアジェ

前へ|次へ

コメントを書く
日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ