ゆらぐ蜉蝣文字
□第9章 《えぴ》
25ページ/31ページ
9.3.14
「| 〔…〕
| 青年の掻き集めし一椀の雪
| これが兄妹の手と手の間を伝うて
| 切なる愛情の交換ともなった、
| 〔…〕
| 清冽舌に触るゝ一刹那
| 兄さんの胸より溢るゝ愛の記念よ
| 内なる声は無声の詩ともなった
| 〔…〕
| 此雪よ妹が天に帰り行かば其処にて
| 美味なるアイスクリームとなれよとも祈った
| 黙読反復
| 若き兄妹の永訣の朝の真情濃かなる場面に
| 我と我身を投じて堪えられぬ感に入った
| 青年は側より善し悪しは別です只其通りです≠ニ語った
| 予には発すべき言葉は無かった、
| 茲に対話は一段落を告げた、
| 二人は更に農村の疲弊と
| 宗教家の軋轢と
| 教育の不振に思いのまゝの批判を投げた
| それでも我等には行くべき道があるとて
| 悲憤より脱し
| 屈託より踊り出で
| 素朴正信の態度を持して
| 老青年の奮励を促した
| 〔…〕」
斉藤の文章には、「永訣の朝」という言葉も出ていますが、
「清冽舌に触るゝ一刹那
〔…〕
内なる声は無声の詩ともなった」
という部分から、斎藤宗次郎は、「永訣の朝」だけでなく「松の針」と「無声慟哭」にも目を通したと思われます。
「此雪よ妹が天に帰り行かば其処にて
美味なるアイスクリームとなれよとも祈った」
とあるのは、「永訣の朝」末尾の部分ですが、斉藤の見た段階の原稿が、修正前だったのか後だったのか──
「おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに」
という 55行目が加入されていたかどうかは、はっきりとは分かりません。
しかし、「聖い資糧」に相当する表現が斉藤のほうに無いことや、斉藤の読後感は、あくまでも“兄妹”の間の「切なる愛情の交換」「若き兄妹の永訣の朝の真情濃かなる場面」であって、「みんな」に「糧をもたらす」というような博愛的な要素が無いことから、修正前であったと思われます。
.