ゆらぐ蜉蝣文字


第9章 《えぴ》
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9.3.14


「| 〔…〕
 | 青年の掻き集めし一椀の雪
 | これが兄妹の手と手の間を伝うて
 | 切なる愛情の交換ともなった、
 | 〔…〕
 | 清冽舌に触るゝ一刹那
 | 兄さんの胸より溢るゝ愛の記念よ
 | 内なる声は無声の詩ともなった
 | 〔…〕
 | 此雪よ妹が天に帰り行かば其処にて
 | 美味なるアイスクリームとなれよとも祈った
 | 黙読反復
 | 若き兄妹の永訣の朝の真情濃かなる場面に
 | 我と我身を投じて堪えられぬ感に入った
 | 青年は側より善し悪しは別です只其通りです≠ニ語った
 | 予には発すべき言葉は無かった、
 | 茲に対話は一段落を告げた、
 | 二人は更に農村の疲弊と
 | 宗教家の軋轢と
 | 教育の不振に思いのまゝの批判を投げた
 | それでも我等には行くべき道があるとて
 | 悲憤より脱し
 | 屈託より踊り出で
 | 素朴正信の態度を持して
 | 老青年の奮励を促した
 | 〔…〕」

斉藤の文章には、「永訣の朝」という言葉も出ていますが、

「清冽舌に触るゝ一刹那
   〔…〕
 内なる声は無声の詩ともなった」

という部分から、斎藤宗次郎は、「永訣の朝」だけでなく「松の針」と「無声慟哭」にも目を通したと思われます。

「此雪よ妹が天に帰り行かば其処にて
 美味なるアイスクリームとなれよとも祈った」

とあるのは、「永訣の朝」末尾の部分ですが、斉藤の見た段階の原稿が、修正前だったのか後だったのか──

「おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに」

という 55行目が加入されていたかどうかは、はっきりとは分かりません。

しかし、「聖い資糧」に相当する表現が斉藤のほうに無いことや、斉藤の読後感は、あくまでも“兄妹”の間の「切なる愛情の交換」「若き兄妹の永訣の朝の真情濃かなる場面」であって、「みんな」に「糧をもたらす」というような博愛的な要素が無いことから、修正前であったと思われます。
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