ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.4.15


. 春と修羅・初版本

50風がもうこれつきり吹けば
51まさしく吹いて来る劫(カルパ)のはじめの風
52ひときれそらにうかぶ暁のモテイーフ
53電線と恐ろしい玉髄(キヤルセドニ)の雲のきれ
54そこから見當のつかない大きな青い星がうかぶ
55   (何べんの戀の償ひだ)

新しい時代の「はじめの風」──そのイメージは、1919年の連作短歌「北上川」に、つぎのように詠まれていました:

「   北上川第四夜

733 黒き指はびこり動く北上の夜の大ぞらをわたる風はも

734 黒雲の北上川の橋の上□劫初の風はわがころも吹く」
(歌稿A,初期形)

「劫初の風」は、「カルパのはじめの風」と同じ意味だと思いますが、このように、“新しい劫の初めの風”のイメージは、おおぞらで「黒き指」が「はびこり動く」という恐ろしい怪異のイメージとともにあったのです。

したがって、「風景とオルゴール」でも、「暁のモテイーフ」の雲が「ひときれ」浮かんでも、すぐに「電線」の叫び声が響き、おぞましい臓物のような「玉髄」の雲が現れるのです。





そこで、問題は、次の「見當のつかない大きな青い星」です。これも、何か脅威を含んでいそうな表現ですが、しかし、推敲過程の最初からそうだったわけではないのです。

54行目は、【印刷用原稿】の最初の形では、つぎのようになっていました↓

「そこから琴の星がうかぶ」

「琴の星」は、賢治作品では『銀河鉄道の夜』に出てくるのが有名です:

. 『銀河鉄道の夜』【初期形三】

「ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。
    〔…〕
 野原から汽車の音が聞えました。その小さな列車の窓は一列小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人が、苹果を剥いたり、わらったり、いろいろな風にしてゐると考へますと、ジョバンニは、もう何とも云へずかなしくなって、また眼をそらに挙げました。あの青い琴の星さへ蕈のやうに脚が長くなって、三つにも四つにもわかれ、ちらちら忙しく瞬いたのでした。
    〔…〕
[この間、原稿五枚なし]ら、やっぱりその青い星を見つゞけてゐました。

 〔…〕そしてジョバンニはその琴の星が、また二つにも三つにもなって、ちらちら瞬き、脚が何べんも出たり引っ込んだりして、たうたう蕈のやうに長く延びるのを見ました。」
.
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