ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.4.4


. 春と修羅・初版本

12黒く巨きな松倉山のこつちに
13一點のダアリア複合体
14その電燈の企畫(プラン)なら
15じつに九月の寳石である
16その電燈の献策者に
17わたくしは青い蕃茄(トマト)を贈る
18どんなにこれらのぬれたみちや
19クレオソートを塗つたばかりのらんかんや
20電線も二本にせものの虚無のなかから光つてゐるし
21風景が深く透明にされたかわからない

街道は「松倉山」に向かっているので、正面の暗い山体は、だんだん大きくなります:画像ファイル:大沢温泉→渡橋

「一點のダアリア複合体」──1本だけ立っている電気の街路灯が、はじめは、遠くに点のように光って見えます。

「ダアリア」は、ダリア。現在では慣用的に‘ダリア'と呼びますが、原語は Dahlia ですから、賢治のほうが正しい発音です。キク科の多年草で、球根で殖やして栽培します。白、赤、黄など、さまざまな色の品種がありますが、‘青いダリア'だけは、ありません:画像ファイル:ダリア、サファイア

街灯のランプ(覆い)の形が、ダリアの花に似ているのかもしれません。

「九月の宝石」とは、9月の誕生石サファイアを指しています。サファイアは、濃い青〜藍色の宝石です☆。したがって、この街路灯は、青っぽい色の電灯なのです。

☆(注) 原石は、コランダムという酸化アルミニウムが結晶した鉱物。コランダムのうち、赤いものをルビー、赤以外(主に青系統)をサファイアという。

そうすると、「ダアリア複合体」は、植物には存在しない“青いダリア”を、人工的に電灯として造り出したものと言えます。

そこで、作者は、“青いダリア”を讃えて、「青いトマトを贈る」と言っています。
青い“ダアリア電灯”のおかげで、雨上がりの道や、橋の欄干、道に沿って張られた電線などが照らされて光り、「どんなにこれらの…風景が深く透明にされたかわからない」。

ところで、この・青い「ダアリア複合体」は、「序詩」に呼応していないでしょうか?‥:

. 春と修羅・初版本

「わたくしといふ現象は
 假定された有機交流電燈の
 ひとつの青い照明です
 (あらゆる透明な幽霊の複合体)
 風景やみんなといつしよに
 せはしくせはしく明滅しながら
 いかにもたしかにともりつづける
 因果交流電燈の
 ひとつの青い照明です」

「ダアリア複合体」と「透明な幽霊の複合体」。

サファイアの色の青い照明と、「ひとつの青い照明」。

松原発電所の交流電源による電灯と、「有機交流電燈」。

電灯に照らされて「どんなに‥風景が深く透明にされたかわからない」→「風景やみんなといつしよに‥明滅しながら‥ともりつづける」

この対応は、偶然ではないと思います。おそらく、この青い電灯のある風景の印象がヒントになって、「序詩」のメタファーが生まれたのだと思います★

★(注) 「ダアリア複合体」のスケッチは1923年9月16日で、「序詩」の日付は1924年1月20日ですから、「序詩」の構想のほうが時間的に後になります。
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