ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
82ページ/219ページ








 【78】 風景とオルゴール


8.4.1


「風景とオルゴール」は、【77】「宗教風の恋」,【79】「風の偏倚」,【80】「昴[すばる]」とともに1923年9月16日(日曜)付。大沢温泉往復のスケッチの続きです。
(↓6nは、題名だけです。)

. 春と修羅・初版本

01爽かなくだもののにほひに充ち
02つめたくされた銀製の薄明穹(はくめいきう)を
03雲がどんどんかけてゐる
04黒曜ひのきやサイプレスの中を
05一疋の馬がゆつくりやつてくる

雨上がりの(18行目に「ぬれたみち」とあります)爽快な夕刻、谷あいの道…
「薄明穹(はくめいきゅう)」は、夜明けまたは夕方の薄明かりの大空。宮沢賢治がしばしば使う言葉です。「穹」は、穹窿、つまり、おおぞらのこと。

つめたく冷やした果実のさわやかさで、夕方の広い空のようすを描いています。

03雲がどんどんかけてゐる

強い風が吹いています。夕方なのに強風なのは、台風か低気圧が来ているようです(次のスケッチ「雲の偏倚」にかけて、随所に台風性の強風の描写があります)。

ここでもやはり、遠景(薄明穹)と近景(一疋の馬)で空間に奥行きを与え、かつ、「どんどんかけてゐる」雲という・動きのある物象によって、その世界に生命を吹き込んでいます。

「黒曜ひのき」は、黒曜石の色と質感をヒノキの木立ちに重ねています。

黒曜石は、流紋岩質マグマ(石英(珪酸)に富む)が海中に噴出して急激に冷えたときにできるガラス質の岩石で、半透明黒色、表面はつるつるしています:画像ファイル:黒曜石 画像ファイル:黒曜石
(ちなみに、玄武岩質マグマ(重金属分に富む)が海中に噴出すると、枕状溶岩になります。)

薄明の道ぎわに、(おそらく)たくさんのヒノキが、くろぐろと、なめらかな黒いクリスタルでできたように立っています。

「サイプレス」は、英語でセイヨウイトスギのことですが、ここでは、ゴッホの“サイプレス”の絵が想起されていると思います:画像ファイル:ゴッホの杉

↑このゴッホの絵に描かれた姿からすると、実景は杉と思われます。
.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ